「言っとくが、餌はお前が買えよ。世話も一人でやれ。俺は、一切!しねえからな」
「分かった、うん」
「お前も俺のベッドに上がったりすんなよ。見つけたら殺すからな」
「にゃん」
「猫に人語分かるわけねえだろ・・」

 俺が一人呟くように小言で言ったにも拘らず、旦那はぎろりと物凄い形相で此方を睨んできた。こういうのを地獄耳って言うんだよな。まあこの人の場合は表情が既に地獄の番人顔負けだけど。「何か言ったか?」なんでもないっす、うん。
 只今の時刻は、だいたい午後十一過ぎ。俺は自分の寮で、猫について旦那に相談もとい説教をされていた。今、やっと飼うのを許してもらえたところだ。それにしても、ここまで長かった。説得に一時間以上かかったわけだし。ったく、旦那は頭が堅いんだよな。

「おいデイダラ」
「!うおあい!なんでござりましょるか!?」

 こ、心を読まれた!?

「意味分かんねえ日本語使うな。・・・・俺はもう寝るぞ」
「わ、分かった。じゃあ電気消すぞ、うん」
「猫はお前が手で捕まえとけ。俺の所に来られても困る」
「おう」

 電気を消してベッドに潜り込めば、部屋は完全な暗闇と静けさに包まれた。
 腕の中にいる猫の毛がふわふわしていて、すごく気持ち良い。この猫を見た旦那に「汚い」と言われ、帰って来てから風呂に入れたからだ。初め見た時は汚れていて気付かなかったが、よく見るとその毛並みからはなかなかの育ちの良さが感じられる。こいつを捨てた飼い主が金持ちだったのだろう。ん?じゃあ何で捨てたんだ。あれか、金はあっても時間の余裕は無かった、とか。ちょっと腹立つな、それ。
 猫が、俺の顎下に擦り寄ってきた。それがなんだか可愛らしく見えた俺が、手の平で優しく毛並みに沿って撫でてやる。すると、猫は嬉しそうに目を細めてごろごろと喉を鳴らした。畜生、動物なんて飼った事ないから何でも可愛く見えやがる。
 俺は漏れる欠伸を噛み殺す事無く漏らして猫を抱き締めると、ゆっくり瞳を閉じた。


*


 ルームメイトのデイダラ(漢字で書くと「馬鹿」)が、また途轍もなく面倒なものを拾ってきた。この前の朝礼で、鬼鮫が魚を飼っていて糞長い説教を校長にされたばかりだったのにも拘らず、だ。ちなみにここで言う「鬼鮫」というのは、長身魚類面の教師の事だ。まあ話だけ聞いてりゃ生徒だと思うだろうが、実物を見れば「間違えた」って一瞬で気付けるだろう。あれが生徒なら、この学校から教師が居なくなる。
 ピピピピ、と規則的な音を立てる時計の音に、俺は苛立ちながら重い瞼を抉じ開けた。時計の示す時刻は午前六時四十分。この学校は食堂の点呼と朝食が七時なので、そろそろ準備をしたほうがいいだろう。
 いつもはデイダラが先に起きるのだが今朝は全く起きる気配が無い。仕方が無いので起こしてやろうと、俺は舌打ちまじりに起き上がって未だ夢の中の阿呆のベッドに近付いた。

「・・・おい起きろ・・・・六時半だ、ぞ!?」
「・・・・・んむ・・う・・」

 思わず絶句する。デイダラがベッドから転げ落ちていた。いや、これは珍しいというか日常風景なのだが、そこじゃない。この、床で大の字で寝ているデイダラから少し視線を動かした先、こいつのベッドの上には俺達と同い年位の女が布団に包まって寝息を立てていた。
 しかもこの女、掛け布団の下は全裸っぽいし、気のせいかふさふさした耳が生えているように見える。
 思わず俺の脳が思考停止状態に陥っていると、司会の端の黄色いもの(デイダラの髪らしい)がゆっくり動き、やがて上半身を起こすと俺の方を向いた。

「んあ?・・・旦那、珍しいな。もう起きたのかい?うん・・・・・ってうお!?もう六時四十分か!」
「おいデイダラ」
「え?何だい旦那。あんたも急いだ方がいいぜ、うん!」

 固まっている俺の方には目も向けず、自分のベッドの上で起こっている重大な変化に全く気付いていない様子のデイダラは、そそくさと制服に着替えだした。その時、ぴくりと女の耳が反応したように動いた。起きるのか、と思ったのだが、そういうわけではなかったらしい。
 あちこちに服を脱ぎ散らかしてあっという間に制服に着替え終え、髪を結いに洗面所に行こうとしたデイダラの腕を俺は強く掴む。そしてこいつのベッドを空いた方の手で指差し、思いっきり睨んでやった。

「おいてめえ、これは何だ」
「はあ?」

 俺の指の先を辿って自分のベッドに視線を送るデイダラ。何のことだよ、と不満気な表情だったが(生意気だったから殴ってやろうかと思った)、みるみるうちに驚きで目が見開かれていき、比例するように口も開かれていった。
 「説明しろ」と俺が言おうとすると、それよりも早くデイダラは息を大きく吸って叫んだ。

「誰だこの猫耳女ぁぁあ!!」

 あまりの絶叫に、女は肩を揺らすと勢いよく起き上がった。





迷いゲットアップ!
こいつ尻尾もあんのか、とずれたことを考えていた




(100809 ヒロインちゃん喋ってない。)