今日は五月五日。
世間は子供の日と騒いでいるが、私にとっては大切な人の大切な日だ。
女子禁制な真選組だが私は特別にokを出して貰えている。
女中、という訳ではない。これでも立派な隊士だ(これまた特別に何番隊にも所属していない)

…私の言う“特別な理由”とは真選組に助けられたはいいが人間不信だということだ。
折角教えてもらい上達した剣の才はあの人か近藤さんのどちらかがいないと発揮出来ない。
暗闇が嫌いだ。呑まれそうで、あの人に会えなくなりそうで。
――昔の事を思い出して恐怖が私を蝕んでいく。

私の両親が何故か私に暴力を奮った。期待を背負った兄が家を出てしまってからだったと思う。
暗い物置の暗闇の中で身も心も雨が冷やしていく。そんな時だった、両親を捕まえて真選組が助けてくれたのは。
近所の人の通報だったらしい(私の体の痣を見つけた)…ほっといてくれればよかったのに。
そう呟いた人間不信の私。一喝してからぶっきらぼうに頭を撫でてくれたのはあの人だった。
たったそれだけだったのに如何して信じたんだ?護ろうと思ったんだ?あの時は分からなかったが今なら分かる

廊下に私が足早に歩く音が響いた。
途中出会った幾人かの隊士は挨拶をしてくれたが私は適当な相槌で済ませ
あの人に朝の挨拶と誕生日祝いの言葉を言いに行かなければ。


…ドクン…


突然の動悸、だろうか?
少しながらも驚いた私は一瞬立ち止まりゆっくりと深呼吸をする。
動悸らしきものは先程のものだけのようで、普段通り。
こんな所で立ち止まっていられるほど暇ではないので歩みを再会する。

あの人の部屋は先程の廊下から十歩程行った所なのですぐに付いた。
そっと中を伺うと其処には寝顔が(まぁそれはそうだろう)(私はとても早起きらしいので)
一番隊隊長の沖田さんがしたらしい顔の落書きが微笑ましい。

「沖田さんに落書きされてますよ。―――土方さん」
「…あ…ぁ……か……総悟覚えとけよ」
「駄目ですよ。今晩殴り込むんですから」
「総悟を殺してからだな」

あの人…土方さんが放った物騒な言葉に表情に乏しい顔ながらも微笑を浮かべてしまう。
改めて、おはようございます。そういうと土方さんは「あぁ」と言って私の頭を撫でてくれる。日課だ。


ドクン…!


微笑が歪む。
少し大きくなった動悸は若干痛さも紛れていた。
その少しの変化に気付いたのか土方さんが「どうした?」と私に問う。
もしかしたら貧血なのかもしれません、と言っておいた(事実今は何とも無い)
先日負傷した時に少々血を流しすぎたのだろう。

「今日の鍛錬やめておくか?」
「いえ…なんのこれしき、です。真選組の名が廃ります」

そうか、というと障子の前で待っとけと言う。
中庭は砂利や植物、鳥といった基本的な物だが私はこういうのが好きだ。
段々と温かくなってきたのでこの障子の出番も近い(頑張って日光を遮ってくれたまえ)
植物達は、春から夏への準備を着々と進めている。桜の花はほとんどが散ってしまっている。
チュンチュン、と鳴き声が聞こえて見てみると二羽の若葉色をした小鳥。
一羽がもう片方を近づいてきた私から守っていた。まるで私の様だなと微笑すると離れる。
用心の為だろうか?一羽が飛び立って、すぐに守っていた方も飛んだが五寸程上昇し落ちた。
近づいてみるとどうやら翼を怪我していたらしく、しかも既に息は止まっていた。
もう片方も心配しているようで近くの木の枝にとまって此方を見ている。

――先程の例え、訂正しよう。
私がこんな風になる、と誰かに忠告されているようだった。
そんな事させるものか。私はあの人を護り切ってから死ぬつもりでいる。
あの鳥はあの鳥であって私とは違う。突然肩に手を置かれ驚き振り返ると土方さんだった。

「オイ。行くぞ」

鍛錬が終わったら朝メシだぜ、と言うと小さく笑う。
はい、と笑って返事をしておいた。歩き始めるが私の心は晴れないままだ。
さっきの鳥の事が気になる。放置は良心が許さなかったのでこっそり埋めておいた
残された方もそれをわかったのかいつの間にか居なくなっていた。



何があっても、死ぬものか。





気付くと其処は屯所内にある剣道場だった。
考え事をしていると道のりは短く感じるものだな、と改めて思う。
土方さんにご教授願うと竹刀を投げ渡される(有難う御座います、と言っておく)
道場内には隊士がまだ全然いなかった。やはり朝早いからだろうか。
今まで静かだった道場に竹刀と竹刀がぶつかり合う音が響く。
竹刀の一太刀がとても重い。力が強いからだ。
バシン、と土方さんの攻撃を受ける度に手首が少し痛む。私も土方さんも我流なので周りから見ていて決して綺麗とは言えないだろう。
だが実用できれば問題は無い。実際土方さんは強いし。
私の稽古は段々とヒートアップしてきて体術も入ってくるので木刀から竹刀になったらしい。
近藤さんが「危ない!!」と言ったからだ。良いじゃないか強ければ。
それは土方さんも良く分かってくれているので一緒に体術を混ぜた稽古をしてくれる。
「体術と剣術一緒に稽古出来て効率的だろ?」だそうだ。
本日もそうなようで土方さんが足払いをかけてくるが私はこけたフリをして
竹刀の先を土方さんの首に当てた。

「…そろそろ三十分経ちます。休憩入れますか?」

三、四人が入ってきていた剣道場の中に私の声が響く。周りの隊士は此方を見ていた用だ。
土方さんは、まだいけるだろ?といい起き上がった私に一太刀浴びせた。
少し怯んだ私にすかさずもう一撃脇腹に入った。今度は土方さんの竹刀が私の首に当たっていた。



「…そろそろ、朝食にしましょうか。」
「ああ。…早く行くぞ

この言葉を交わすまでずっと稽古をしていたためか若干私達の息が荒い。
三、四人しか居なかった隊士はかなり増え、何れも私達の稽古を見ていたらしい。
先程休憩をいれるか聞いた時から一時間経っていた。
こんなに長引くとは思わなかったので少し驚き、己が集中していたのだと気付く。
着物が結構乱れ、中の胸に巻いた包帯が見えていた(負傷して帰って来た時に巻かれた物だ)
既に道場から出て行きそうだった土方さんが見え慌てて走る。


ドクン!


冷や汗が体中から噴出すのが分かる。胸が苦しい。
立っていられなくなりその場に崩れてしまった私の周りには隊士達が集まり
先に行った筈の土方さんも少し慌てて私の顔を覗き込む。

――これはおかしい。
そう思った刹那激しい咳と喉が焼けるような感触、更に苦しくなった胸。
あまりの辛さに耐えられず私の意識は無くなっていった。




あの時…突然誰かが倒れた音が響き、道場から隊士達の動揺した声が聞こえ
気になって見てみると胸を押さえて苦しそうに何回も咳をするが居た。
驚いて駆け寄り、意識を無くしたを背負い近藤さんの部屋に行くと
目を見開いてから俺にの部屋に寝かして来るよう命じ、携帯で医者を呼んでいるようだった。
が倒れた、という話は瞬く間に屯所内に広まったらしく
俺が布団を弾いて寝かしてから隊士が何人も見舞いに来ては帰るを繰り返していた。
話した事が無いであろう隊士も仲間を心配してか来ているようだ。
近藤さんが呼んだらしい医者が部屋に入り、温度検査や心拍検査を済ませ
どんな状態だったかを俺に聞き(出来るだけ細かく、と言われた)
それから布団の中からの閉じられていた掌をを広げると小さく目を見開いた。
思い詰めた様な顔だったのを気にしてか近藤さんがどうしたのかと聞く。

「…この掌に吐血の後が見られます。おそらく肺の病気…それも末期。助かる見込みは―――

           限りなく0に近いでしょう」

外で盗み聞きしていたであろう隊士を含め、俺達は唖然とする。
嘘だと言いたいが、事実掌には黒々しい血が付いていたし
苦しそうに胸を手で押さえていたのを見たのは他でもない自分だった。

それから何時間か経ち、未だ晴れぬ心のまま攘夷志士のアジトの遊郭前に俺達は居た。
夜の闇に紛れて幾つもの黒い制服姿の抜刀した隊士達が見える。
そして自分も刀を抜き、隊士達に突入するよう無線でを言葉を送った。
静かだった暗闇に人の声が響き遊郭の中に勢いよく流れ込んでいく。
かかってきた者達は必死の形相だったが自分には効かず、斬り捨てて行くと
親玉が居るらしい一番奥の部屋が前方に見えてくる。
煙草をくわえ直して襖を蹴り倒すと中には予想通り頭の攘夷志士がいた。

「御用改めである!真選組だ!!」
「チィ…幕府の犬か」
「大人しく捕ま……ッ!!」

言葉を言い終わる前に突然後ろから気配がした。
しまった!――そう思い顔だけ振り返ると隠れていたらしい親玉の護衛。
斬られる覚悟をし、痛さを待つがその代わりに刀同士がぶつかる音。
俺の刀は攘夷志士の方に向けられていて受け止めていない。
隊士の誰かか、と思うが振り返ったそいつは苦しげで蒼白な顔をした、だった。
いつも開いている瞳を更に開いてしまう。
一瞬俺に向けていつもの微笑をしてから受け止めていた刀で護衛を思いっきり斬る。

「テメェ…何で此処にいる」
「土方さんを護る為、です。私はまだ戦えますから」

あきらかなつよがりだ。
だが助かったのは事実だしは帰れ、と言った所で帰らないだろう。
俺は深い溜息を吐くと「とっとと終わらせるぞ」と言い刀を再度握り締め
親玉に向かって走り出す(護衛はに任せて)
立ち塞がった者を斬り捨て、刀を振りかざすと親玉自身は弱くあっさりと倒れて鮮血を流した。
振り返ると其方も丁度終わった所らしく、は返り血をつけて刀を鞘に納め
今まで堪えていたらしい咳をすると「近藤さん達の所へ行きましょう」と言った。
一瞬吐血した、のが俺に見られていたのは気付いていたのだろうか?





さん、どうして部屋抜け出したんですかィ?」

――悪化するのは目に見えていた筈だ。
何が、という必要は無い。私の肺の病気の事だろう。そう言った沖田さんはとても真剣で、いつも土方さんに茶々入れている時とは違う。
それは沖田さんだけではなく近藤さんや土方さんを初めとする全員が思っていたのだろう。
先程まで戦っていた時とは違い沈黙が流れ続ける。
その気まずい空気こそ私の病気を悪化させるんじゃないのか、と思い自嘲気味に小さく笑ってしまった。
そしてまた来た発作を忌々しく思い、手で血を隠す。


「…昔から知っていた。私は長くない、と。それでも護りたい人が出来たから生きようと思えました」

「せめて、その人の“生まれた日”が終わるまでは病を悟られたくなかった。戦いたかった」


あと二十四時間、事態が悪化しなければ、その願いは叶ったのに。



それでも「戦いたい」は叶ったから。




「土方、さん。これからも貴方のウシロを護らせて下さい、借りを返させ…てくださ、い」


咳で途絶えながらも私は言葉を出す。不治だけど、後三ヶ月位なら…生きられる。

ならばこの命、借りを返すために、後ろをマモるために喜んで投げ出しましょう。

例えその結果が私が泣き叫びながら地獄に堕ちることになろうとも。








制限時間
ああ、神様、私に生きる時間を下さい




(090505)