「サソリ、さん?」
「ああ?」
いつもの、間の抜けたような彼女の口調が、今回ばかりは焦っているように上ずっていた。気のせいか、それは怖いとでも言っているのか震えているようにも感じられる。が、そんなことサソリには関係なかった。ここは「暁」のアジトの中でも、彼の自室。時の刻は、草木も眠る丑三つ時、といったところだろうか。部屋を照らすものはなく。彼女、は、サソリのその無機質な―何も感じることの出来ない瞳と、それからすこし視野を広くして、造られたような端正な顔を見上げた。暗殺で慣れているため夜目が利くとはいえ、暗闇は更にからサソリの表情を分かり辛くする。
二人の体勢は、はたから見れば夜の営みを思わせるような。要するに、彼のベッドでがサソリに押し倒されている。彼女の右腕の手首は、きつく、しめつけられるように彼の手に縛られていて。両足は、両の太股を彼の片膝が押さえつけていて、動かすことが出来ない。唯一自由な彼女の左腕は、行き場を失ったかのように投げ出されたままだ。「はたから」見れば、とても子供には見せられないだろう。
実際は、そんな生易しいものではなかった。それは、サソリの片手が握る苦無を見れば一目瞭然だろう。その刃は、真っ直ぐとの喉元に当てられていて。彼が少しでも押すと、彼女の首筋を彼女の鮮血が伝う位、すぐ近くに当てられていた。ごぐり、と唾を飲み込むだけの小さな動きでも、切れてしまいそうで出来ない。柄にも無く、の体は小さく震えた。
「なんでこんなことをするんですか」
「・・・怖いか?」
強がって、平気な風を装っては問うた。そんな彼女に、この状態には似つかわしく無いような、優しい声色で労わるような言葉を掛けるサソリ。苦無を持つ手が彼女の髪の所に移り、数本の指がなぞる様にその髪を撫でる。答えなかったに、サソリはもう一度、怖いか、と聞いた。の硝子細工のような瞳の視線が、サソリの瞳を射抜く。やはり答えない。俺が怖いか、と。同じ質問を三度して、いいえ、とやっと答えが返された。それは強がりなのか、本当なのか、この暗闇では分からない。しかしサソリは、心底驚いたように目を瞬かせる。
「俺は、感情を持たないただの人形なんだぞ。一思いに、この苦無でお前を殺す事だってできる」
サソリは、の首元に顔を埋めると、そのまま彼女の耳に囁いた。これもまた、そういうことを考えているとは思えないような、優しい言い方で。それにはくすぐったそうに目を細めると、そのまま瞳を閉じた。そして開かれた双眸は、悲しそうに伏せられ―そう、彼女には珍しく―そしてもまた優しい声で、言葉を返す。
私を殺したいんですか?人形なら、"殺したい"なんていう"感情"も無いんじゃないですか?―そう言うと、口を噤む。元々彼女がサソリの部屋に来たのは、リーダーに頼まれ、次の任務の内容と行き先を告げるためだった(今回の任務は此処を発つ刻が早い為、今の時間になった)(とはいっても、忍には日常茶飯事だが)。未だ眠気が覚めきっていなかったのに、欠伸を噛み殺し、寝まいと必死に睡魔と戦いながら態々来たのだ。が、今は、リーダーから言われた時に断っておけばよかったと後悔している。まあ、相手がサソリと聞いた時、随分と顔を歪めた気もするが。兎に角、低血圧で寝起きの悪い彼の怒りを買い、は現在に至るという訳だ。
自分の先刻放った言葉から、一向に何か言う気配が無いサソリに、は少し首を傾げた。不思議そうにサソリの顔を見上げると、呆れたような顔をしていて。サソリは、わざとらしく溜息を吐くと、細く白い指をの髪に絡ませた。
「・・・てめえは・・この状況で屁理屈だけは達者だな」
「どうも」
「褒めてねえよ、馬鹿」
サソリはその言葉を合図のようにの上から退いた。どうやら、目が覚めてきたらしい。着替えるからデイダラでも起こしてこい、と一方的に言うと、はまだ外に出ていないのにお構いなしといった具合で服を脱ぎ出した。一応、それ位の恥じらいは持っていたらしいは、ばっと顔を背けてそそくさと扉の方に歩いて行く。彼女の後姿を見、サソリは、くつくつと喉で笑いを噛み殺した。
廊下の蝋燭の灯を、は眩しそうに見つめた。しかし幾分か先の方は灯が消えてしまったらしく、暗闇と静寂に包まれている。
狂うくらい、壊してあげよう
(100324)