暗くて、暗くて暗くて。何処までも、先は真っ暗。光なんて、一筋でさえもありはしなくて。これから行くのは、黄泉の国なのだろうか。いや、忍である私に極楽へ行く資格など無いだろう。じゃあ、きっと地獄。だからこんなにも、此処は漆黒なんだろう。もう既に、生への執着なんて消え失せてしまった。諦めていた、筈なのに。どうして私は、心の何処かであの方に助けて欲しいと思ってしまうんだろう。

(はは・・・馬鹿だ、私は)

 自嘲気味に、そう漏らす。元々、勝ち目など無い戦だった。言ってしまえば、この戦は勝つのが目的ではなく――強いて言うならば、各々が誇りを持って散ること。それが、目的だったんだろう。だから、皆、死ぬ覚悟などとうにしていた。私だってそのつもりだったけれど、今になってこんなに揺れ動くとは。忍の風上にも置けない、と、もしもあの方が今の私を見たら、そうお笑いになるのだろうか。
 ああ、ぼんやりとだが、目を開けられた。霞む視界のあちこちに、味方と敵の屍が入り混じって倒れていた。生きている者はいるかも知れないが、動いている者は私を含め誰一人としていない。

(背中と腹に、刀傷が三つ・・・どれも中途半端な深さだ)

 生きようにも誰も来ないし、死のうにも致命傷にはまだ少し足りない。今の私の状況は、生き地獄、とでも言おうか。しかし止めを刺せる者は、残念ながら息絶えていて。私は、傷口をまるで他人事のように見つめていた。
 ふと、馬の蹄の音が、私の耳に伝わってきた。もうこの際、敵であろうが味方であろうがどうでもいい。馬は私の直ぐ傍まで寄ってくる。少し顔を動かすと、青い装飾が目に入った。味方だ。見上げて乗っている人物を確認すると、私は思わず手を伸ばそうとした。しかし、私の腕はもうぴくりとも動かない。彼は、私を目に映すと目を見開いて馬から降り、私を抱き起こした。

「っ戦が終わったっつうのに帰ってこねえと思ったら、んなところで何してんだよ!」
「・・・ま・・・・さ・・む、ね様、申し訳、御座いま・・せ」
「この戦、勝ったんだぞ!お前、帰ったら俺に酒を注ぐって約束したろうが!」
「やくそ、く・・・果たせそうに、ありません。私、は・・・・約束を・・破った、悪い、忍です」

 政宗様の腕の中、私は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。政宗様が、とても温かい。意識して心の臓を止めたりする所為で血行の悪い忍。そんな私達と比べれば誰でも温かいものなのだが、今はいつも以上に温かく感じた。

「っ・・悪いしの、び・・を・・・私を、一思いに・・・こ、ろして下さいませ」
「馬鹿か!俺は、部下一人でも見捨てる気はねえ!」
「生き恥を・・曝すのは、御免、被り・・・ます」
「Shut up!!」

 私に怒鳴りつけると、政宗様は私を抱き上げて馬に乗せ、走らせた。この人は、一体何を考えているのだろう。万が一、私が助かったとしても戦線に復帰できるかは保障されていないし、復帰できなければ使えない道具を傍に置いても無意味なだけなのに。
 私は、使える道具として、この人の傍に在りたいというのに。

「黒脛巾組一の忍なら、これ位で死ぬな!」
「・・・・政宗様・・・」
「あ!?」
「お慕い、申し上げ・・て」

 ――おります、と、ちゃんと続きを言えたのか自分でも分からない内。私は懐から一本の苦無を取り出して、己の胸へと突き立てた。政宗様は、私を「沢山居る部下の中のたった一人」としか思っていないのだろう。兵士一人が死ぬのでさえ心を痛める人だから、大切に思われているのには変わりない。けれど、それは他と平等だということで。
 私は、貴方の「特別」になりたかった。私は、最期にちゃんと泣けただろうか。想いを、告げられただろうか。








生きて散るだけ
私の全てはあの人で、あの人の全ては私じゃない




(100512 思いの他、辛く悲しいブツに。こんなんじゃ報われないよ!って方は、別ENDへ↓)








「お慕い、申し上げ・・て」
「それ以上は城で聞く!俺だって、言いたいことがあんだ!」
「っ」
「返事、聞きてえだろ?・・・・死ぬな」

 そう呟くようにして言うと、政宗様は片手で手綱を握りながら、私の体を抱き締めた。あまりにも温かい涙が、頬を伝う、ような。懐の命を絶つ刃へと伸ばしかけていた手は、自然と静止していた。