きゅ、とセーラー服のスカーフを締め、私は自身の姿を全身鏡に映した。

「寝癖無し、制服に汚れ無し・・ええっと、スカートの丈は・・・」

 ギリギリアウト、かな。でも三年生だし、こんなものだろう。

「別に、いいよね。んと、時間は・・おっけ、十分間に合う。じゃ、お母さん!行ってくるね!」

 私は勢い良く階段を駆け下りると台所の方に向けて一方的に言い、玄関にあった新品の靴に足を入れた。そして扉を開き、すぐ近くに止めてあるこれまた新品の自転車を道路へ出した。籠に学校指定のバッグを入れ、ある程度勢いをつけてから自転車に跨ると力一杯ペダルをこぐ。
 私は。今年で銀魂高校三年生になった。まるでラブコメのような始め方だが、私の人生はそんな華のあるようなものじゃない。勉強は出来るわけでも、出来ないわけでもない。運動も同じ。顔は、大して可愛いわけでも、不細工なわけでもない。私の特徴を表すならば、これほどのものはない、という言葉がある。「平凡」だ。もしくは「ありふれた」とでも言おうか。

(あ。あそこ、新しいケーキ屋さん出来たんだ。今度行こっかな)

 中学校の頃は、まだ勉強が出来る方だった。平凡より少し上。それが私の定位置。だから、そこそこ勉強の出来る公立校を受験した(無論、ここで言う公立校とは、銀魂高校の事ではない)。結果は、合格。高鳴る胸を押さえながら入学したあれから、もう二年が経つのか。
 しかし、高校生活が始まって僅か四ヶ月ほどで、私は登校拒否をするようになった。といっても、理由は、今社会問題になっているような「苛め」だとか、そういう類いではない。友達はそれなりにいたし。ただ、高校に入ってから勉強が思いの他難しく、中学の頃に比べて限りなく平均に近付いていった自分の学力が嫌だった。
 要するに、自分の「平凡」に嫌気が差した。

(銀魂高校って、ここ真っ直ぐだったよね)

 それでも、「平凡以下にはなりたくない」というどこか矛盾した自分が居たのも事実で。だから私は、学校には行かない代わりに家で一人勉強をした。だからこそ、三年になった今でも「平凡」を保っているのだろう。
 随分と回りくどくなってしまったが、これが銀魂高校に転入する理由に繋がる。私を何とか学校に通わせたい母は、奥の手だと「転校」という解決策を出した。再び登校するようになったとしても、私は他の生徒達と馴染める自信が無い。空白の時間が多過ぎた。だから、全く新しい環境に変えてみたらどうだ、というのが母の考えだった。
 薄情だと思われてしまうかもしれないが、元よりあまり通わなかったその公立校を転校するのにあまり抵抗が無かった。むしろ、噂の銀魂高校に行けることが、少し楽しみでもあったりする。
 ふと、私の目の前に急な上り坂が現れた。ペダルをこぐ足に、自然と力が入る。いつのまにか腰は浮いていた。段々と、坂の向こう側が視界に入ってきた。あと少し。

(ペダル重い!お母さんの電動のやつ借りればよかった・・!)

 多分、貸してくれないだろうけど。
 坂を上り終え、何とも言えない達成感を感じていると、前方に学校らしき白い建物が見えた。一旦自転車を折り、手で押しながら鞄の中の地図を取り出す。場所的に考えて間違いない、あれだ。携帯を取り出し、時間を見る。来るよう言われていた八時三十五分まで、十分も余裕があった。
 私は自転車を押しながら、たまたま近くにあった自動販売機に近寄ると、冷たいお茶のボタンを押した。炭酸は好きだが、今の気分ではなかった。
 ペットボトルを開け、冷たいお茶を口に運ぶ。なかなか美味しい。新商品だったので試しに飲んでみたのだが、正解だった。これからこれ買おう。そろそろ学校に向かおうか、とそのお茶を籠の中に放り込んだ。

「・・おい。お前、銀魂高だろ」

 すると、低い男のものらしい声が、私の後ろから掛かってきた。何気無く振り返り、私は思わずその行為を後悔する。学ランのボタンは全開で、中には派手なシャツが覗いている。首にかけてある鎖のようなデザインをしたアクセサリー(よく見れば、腕にも似たような物を付けている)が、彼がどんな人種なのか嫌と言うほど教えてくれた。
 不良に絡まれる、というかかつ上げされるとは、今日はどうやら厄日だったらしい。彼は左目を医療用の眼帯で隠していて、残った右目で私をきつく睨んでいる。緊張で五月蝿い心臓を抑えつつ、私は言葉を選びながら返した。

「あ、はい・・・・正しくは、今日からですけど」
「何でもいい。とりあえず、俺に何か飲み物奢れ」
「ええ!?」

 思わず口を押さえ、「自分で買って下さい」という出掛かった言葉を必死に堪える。さり気無く自動販売機を見た。大きいもので百五十円、小さいもので百二十円。ちなみにただの水は百円。水は何だか悪い気がするし、だからといって百五十円は、何というか。
 ちらりと不良の顔を窺う。ばっちり目が合った。

「あの、ちゃんとお金返してくれますか?」
「はあ?何で俺がお前に返すんだよ」

 ふん、と鼻で笑いながら、至極当然と言った表情で言い放ったこの男に、私は再び「自分で買って下さい」と出掛かった言葉を必死に堪える。なんて自分勝手な人なんだ、と私は心の中で項垂れた。矢張り、今日は厄日らしい。
 ふと目を落とすと、左手に持っていた携帯の、時間が表示されている小さな画面が見えた。来るように言われた時間まで、あと五分だった。遅刻するわけにはいかないし、仕方が無い、私は小さく、本当に小さく溜息を吐くと、自動販売機に向き直る。財布から百五十円取り出し、男子高校生が好みそうな炭酸飲料水を買った。

「あの、買いましたよ」
「おせえよ」

 私の後ろから、自転車の籠の近くに何時の間にか移動していた彼は、不機嫌そうに眉を顰めてみせた。しかし私は、何も言い返せず、とりあえず近くまで寄って「どうぞ」と渡そうとする。が、思わず固まった。彼の手には、先程自転車の籠の中に放り込んだ筈の私のお茶があった。
 私の視線に気付いてか、その男は悪びれもせず平然と言った。

「あんまりおせえから、お前のこれ貰ったぞ」
「ちょっそれまだ一口しか・・!」
「俺に飲まれるなら本望だろうよ。そっちはお前が飲めばいい」
「わ、私のお茶・・・」

 がっくりと力無く炭酸飲料水のペットボトルを握る私。そんな私を尻目に、男はこれから登校するようで、銀魂高校の方へと歩き出した。
 ふと見た携帯の時計の数字は、八時三十三分だった。私は無言のままに自転車に跨ると、勢い良くこぎ出した。








タイムリミット二分
どうか間に合いますように!




(100628 転校初日に絡まれるとか、どんな感じなんでしょうね?)