「前から思っていたんだが、お前は任務の無い日、何処に行っているんだ?」
「え?」

 私は眉を寄せる。何故イタチさんが、外出しているという事を知っていたのだろう、ということを不思議に思っての表情であったが、イタチさんは私が気分を害したのかと思ったのか、慌てて言葉を繋いだ。

「気になっただけだ。言いたくないのであればいい」
「いえ、別にいいですよ?任務が無いようでしたら、一緒に行きますか?」
「・・・・ああ」
「じゃあすぐそこですし、行きましょうか」

 今日任務の無いのは私ぐらいかと思っていたが、どうやらイタチさんもそうだったらしい。私に話し掛けたのは暇だったからなのだろうか。まあ、アジトにはこれといってやる事もないので暇を持て余すのはよく分かるけれど。そういえば、イタチさんは普段、任務の無い日に何をしているのだろう。ああそういえば、以前本を読むとか言っていたような気がする。鬼鮫さんが言うには、一人修行をしていることもあるらしい。それにしても、指名手配犯なのにあの目立つコートを着て堂々と本屋に行くのだろうか。想像して、はくすりと笑った。暁のコートで本屋に居るなんて、不釣合いだ。
 私とイタチさんはアジト――今居る此処は、比較的民家に近い見た目をしている――を出て中庭に向かった。まあ、中庭とは言っても私が勝手にそう呼んでいるだけだが。色々な植木鉢の置いてある其処に着くと、興味深そうに呟いたイタチさん。

「・・アジトの外にこんな場所があるなんて知らなかった」

 私は水撒き用のホースを引っ張りながら答える。

「そうでしょうねえ。此処には私とゼツさんくらいしか来ませんし」
「ほう。いいのか、俺を連れて来てしまって」
「行きたいと言ったのはイタチさんじゃないですか。それにまあ、秘密の場所という訳でもないですしー」

 私は未だ水撒き用のホースを引っ張っていた。どうやら絡まってしまっているらしく、これでは此処から遠い場所に置いてある植木鉢に水が届かない。こんな些細なことではあったが、段々と苛立ってきて――いっそのこと、水遁の術で一気に終わらせてしまおうかと雑な考えが頭を過ぎった。
 すると、今まで植木鉢の花や植物を見ていたとばかり思っていたイタチさんが私の横まで来て、黙って私の手からホースを取ると絡まりを解いてくれた。

「あ、ありがとうございます」
「構わない」

 蛇口を捻り、水を出すと植物達に掛けてやる。次にこのアジトに来るのはいつになるかわからないので、十分すぎるほど与えてやった。「」と、私を呼ぶイタチさんの声が後ろから聞こえたので、振り返って返事を返した。「この蕾すら付けていない花は何だ」 私は、イタチさんの指差すところに目を移す。ああ、それは。言おうとして口を閉じる。少しだけ意地悪のつもりで、わざと難しい方の別名を言ってみた。

「雪中花。雪の中でも、春の訪れを教えるからそう言われているんですって」
「・・・つまり、水仙か」
「え、以外。知ってたんですか。でもそれはもう咲きませんよ。シーズン終わりましたから」
「ならばこれは何だ」

 イタチさんはまた別の花を指差す。それは蕾こそ付けてはいたものの、まだまだ花を咲かすには遠そうだった。私はその花の前にしゃがみ込んで、「紫陽花ですよ」と蕾をつつきながら言う。「これがか?」と不審そう私を見るイタチさん。彼がそういう反応を示すのは尤もだろう。此処にある紫陽花は、よく見かけるものとは随分形が変わっていたから。
 「正確には山紫陽花と言って、花は甘茶と言うお茶に出来ます」 甘くてとても美味しいですよ、と私はまた蕾をつつきながら言った。興味が沸いたのか、私の隣にしゃがんで「いつ花を咲かせる」とイタチさんは問い掛けてきた。

「咲きませんよ」
「・・・季節が終わったのか?」
「いいえ、もうそろそろです。でも咲かせることは出来ません」

 私の言葉に、イタチさんは不満そうに眉を顰めた。きっと、私があれだけ良い言葉を並べて紹介したから花を見たくなったのだろう。「何故だ」と私に聞くイタチさん。そういえば、彼は先程から私に問い掛けてばかりだ。

「知ってますか?紫陽花には毒があるんですよ。症状は、目眩、嘔吐、痙攣、昏睡、呼吸麻痺。成分は青酸産生性のグリコシドに、アミグダリン、アントシアニン、ヒドラゲノシドA。部位は、根、葉、そして、」

 私は一旦口を噤むと、最後に今までよりも少し強めに蕾をつつく。そうすると、その淡い青をした蕾はぽとりと地面に落ちた。私はそれを拾って指で摘まみ、隣のイタチさんの鼻に触れるか触れないかくらいまで近付ける。そしてゆっくりと、再度口を開いた。

「――蕾。この花を効率良く使うなら、咲かせるわけにはいかないんです」
「成程な。その毒を、任務で使うわけか」
「他にも沢山ありますよ。此処は、私の使う毒草の庭というわけです」
「任務の無い日まで、任務の準備か」
「っふ・・それはイタチさんでしょ。私はガーデニングをしているのと変わりませんし」

 イタチさんの言っている事があまりにも可笑しかったから(イタチさんこそ、任務の無い日まで修行をしているくせに)、私は思わず笑みを零しつつ言った。何故私が笑ったのか分からなかったらしいイタチさんは、不思議そうに首を傾げる。私は、彼の顔すれすれまで近付けていた蕾を摘まんでいる手を引っ込めた。そっと広げた手の平に載っているそれは、一見ただの可愛い蕾。

(でも、人を傷付ける毒がある)

 ふと、隣のイタチさんがおもむろに立ち上がると私から少し離れた。一体どうしたのか、と私の視線は自然と彼を追う。しばらくイタチさんは歩くと、やがて私の視界から隠れてしまった。しゃがんだままなので、見えないのも無理は無いが。

「イタチさん、どうかしたんですか」

 気になって、声を掛けてみる。すると、ほんの数秒でイタチさんは私の視界に戻ってきた。何処の植木鉢から摘んで来たのやら、一輪の花を持っている。その花を静かに見つめて、私はある事に気付き、「あ、」と口を開いて止まった。固まっている私を余所に、イタチさんは、その花を私の髪を結っている髪紐に括り付けると、それから私の頭に優しく手を載せて言った。

「任務の無い日ぐらいは毒の無い花にしておけ。毒草に触れ過ぎるのは良くない」
「・・・いいんですか?この花、ゼツさんのですよ」
「構わない」

 イタチさんが珍しく微笑を見せる。いつのまにか、私の手の平に載っていた蕾が地面に落ちていた。





咲かせてはいけない
叶わない恋 叶わない恋だと知って
それでもまた あなたの笑顔に溺れてく
(育ってゆく 恋のお花を)(誰か早く 摘み取って)




(100716 樹海さんを知っている方っていますか)