ちゃん、こっちにお茶とお団子二つずつ!」
「はい!今行きます!」

 慣れない着物で小走りしながら、甘味屋の店内を右往左往するのは妙齢の少女、だった。京の女にしては、美人というよりどちらかと言うとどことなく幼さを残した可愛らしい顔立ちをしている。可愛い、とは言っても町中を少し探せば見つかる程度の――言い方は悪くなるが、中の上と言ったところであろうか。
 そう、そもそも彼女は京の女では無かった。しかし、どこかから出稼ぎをしに来ている、というわけでもない。それを聞いた客達は口を揃えて「可哀想に」と言う。両親を失い、帰る場所さえも失ったのだろうと勝手に予測するからだ。
 しかしそういうわけでもない。彼女の両親は元気一杯、おそらく今日も夕食についての相談をしていることだろう。

 ごく稀に、SF小説で「タイムトラベル」やら「異空間」といった「現実味の無い」単語を見ることがある。しかし無論、は「楽しそうだなあ」と第三者目線でしか捕らえていなかったし、自分がそれに巻き込まれる等は思いもよらないことだった。
 そう、彼女はどうやらタイムスリップという「現実味の無い」ことに巻き込まれてしまったらしいのである。
 幕末に女子高生。あまりにもミスマッチな組み合わせだった。
 無論初めは戸惑ったし、一人で泣いたりもした。けれどそれでは前に進めない。だから、できるだけポジティブで居よう、と、それが最近の彼女のモットーになっていた。

(!あの方は・・・)

 ふと見た店の外に最近よく見ている顔を見つけて、は思わず頬を緩めた。ここ数日、毎日茶菓子を買いに来てくれる人で、彼女にとっては常連の客だと言っても過言ではない。話を聞いてくれたりするので、年の頃が近いということもあり、この時代に来てからの彼女にとって貴重な同世代の話し相手でもあった。
 仕事着のような物なのであろう、いつもの浅葱色の羽織を身に纏い店の入り口で右往左往していた彼が、不意にの方に目を向けた。ばっちりと視線が合い、驚いたように硬直した彼には微笑を向けると、お盆を胸に抱き締めて近付いていった。



*



 町中のとある甘味屋。
 最近、俺は市中見廻りの際に必ずと言っていいほど此処に来ている。勿論、甘味を買うためだ。・・・そう、他意は無かった。少なくとも、初めに来た時までは。毎回、此処にやって来たら先ず新八っつぁん達に頼まれている甘味を幾つか買って、折角だからとお茶を一杯飲んで。
 そして決まって毎日笑いかけてくれる一人の娘――という一風変わった少し珍しい名だ――を目で追ってしまう。歩くたびに揺れる黒髪に、「美味しかった」と言われた時の花が咲いたような嬉しそうな笑顔。京の都の町人は俺達新選組のことを忌み嫌っているのだが、彼女はそのことを知ってか知らずか、変わらず俺にもその顔を向けてくれた。
 そんな彼女が、不意に此方に気付いてにっこりと微笑んだ。それに思わず、俺の胸は呼吸困難になってしまったのではないかと思うくらいに高鳴ると、呼吸を苦しくした。

「こんにちは、藤堂さん。今日もお茶とお菓子を幾つかですか?」
「お、おう!」
「じゃあ待ってて下さいね、今すぐ持って来ますから」
「わわ分かった、待ってる!」

 くすり、とは俺の反応が面白かったのか吹き出した。俺自身にも、おかしな言葉を使っているという自覚はある。あまりにも恥ずかし過ぎて、もしも今の自分の顔を新選組の誰かが見たら笑われてしまうのだろうな、と俺の思考回路は変な方向に向かってしまう。総司の意地の悪い笑みが思い浮かんだ。
 間もなくしては和紙で包まれた茶菓子と、お盆に載せられた湯呑みを運んできた。「どうぞごゆっくり」 茶菓子と湯呑みを置くと、彼女はそのまま他の接客のために俺の座った席から離れていく。忙しい時でなければ彼女も隣に座って他愛も無い話をすることが出来るのだが、今は残念ながら忙しいお昼時だ。
 店内の客達の視線が突き刺さる。この羽織が俺を新選組の隊士なのだと悪目立ちさせていた。勿論、それなりにこの京の都で暮らしているわけだし慣れてはいる。が、この甘味屋ではが隣に居る時に何も感じない分、一人だと嫌と言う位に居心地を悪くさせた。

「藤堂さん。私、もう今日はお仕事終わっていいんですって。だからそのお菓子、良かったらお持ちしますよ?」
「っへ!?」

 思わず漏れた驚きの声音は、やたら大きい上に思い切り裏返ってしまっていた。

「いいって!大丈夫大丈夫!」
「だって・・・そこにある沢山のお酒って、藤堂さんのでしょ?」
「いや、あ・・・・えと、まあ」

 新八っつぁんや左之さんに頼まれて買ってきた酒達を見ながら言う。その数は、両手でやっと抱えられる位あった。・・・確かに、これに加えて茶菓子の包みを持つ余裕はこれっぽっちも無い。見廻りに同行していた俺の隊の隊士達は全員既に屯所へ返してしまっている。「悪い、頼んでいいかな?」と言うと、は、勿論、と間を空けずに言葉を返してくれた。「ったく、皆人使い荒過ぎんだよなあ」 ぼそりと溜息交じりに言うと、彼女も困ったように笑った。


 店を出て、俺達はいつもみたいに何の変哲も無い話をした。例えば、あそこの蕎麦屋が美味い、だとか、あそこの呉服屋の看板娘が嫁いでしまって町の男たちが騒いでる、だとか。正直俺にとってどうでもいいことだったのだが、言葉を発しているの仕草や表情がなんともいえないほど可愛らしく見えて、じいっと見つめてしまった。(それをおそらく、は「一生懸命耳を傾けてくれている」と思っているのだろうが)
 「さて」 ふと、が立ち止まりにっこり笑った。今日はこの笑顔が一番可愛い。そして今更気付く。よく見れば、見覚えのある塀が俺を見下ろしていた。奥から「帰ってきたか平助!」と聞き覚えのある声が聞こえてくる。いつのまにか、俺達は屯所に着いていた。
 手に持っていた沢山の酒を一先ず地面に置くと、おもむろに隣のが俺の方に向き直って茶菓子の包みを此方に差し出してきた。

「じゃあ藤堂さん、また来て下さいね」

 そう言われた途端に、道中の時間をもっと大切にすれば良かったと激しく後悔をした。「俺の馬鹿・・・」 自分では心の中で呟いたつもりだったのだが知らず知らずの内に口に出してしまっていたらしく、一瞬で不安そうな顔になったが俺の顔を覗き込んで「どうしたんですか」と心配をしてくれた。
 真剣に心配してくれたのだが、俺からすれば、それよりも彼女の顔がこんなに近くにあることの方が大問題で。俺は「っ!?」と声にならない悲鳴じみた声を上げると、勢いよくその場から飛び退いた。

「?」
「わわわ、悪い!明日もお前の店行くから!」
「うん。待ってるよ」

 いつものお客様相手の敬語ではなく、おそらく普段の言葉遣いでは言った。また胸がどくりと高鳴る。段々と俺から離れていく。何となくまだ帰したくはなくて――俺は、少し離れた場所で此方に向けて手を振るをぼうっと見つめていたのだが、気が付けばその彼女の隣まで走って追いついていた。
 「どうしたの」と不思議そうに訪ねてくる彼女の手の平を包み込むようにして掴んで、俺は少し躊躇った後、顔に熱が上ってくるのを感じながら意を決して口を開いた。

「俺、一目惚れしたんだ」
「・・・え?」

 わけが分からない、といった表情のに「察してくれ」と心の中で恥ずかしさに叫びながらも、少し息を吸って間を置くと、俺は言葉を付け加えた。

「っに、だよ」

 はみるみるうちに俺と同じ位紅潮すると、ばっと顔を背けた。緊張で強張っている自身を奮い立たせ、俺は掴んでいた彼女の手を自分の方に引くと腕の中に納めた。
 そうすると、ふわり、と彼女自身からか着物に付いた茶菓子からか、とても甘い匂いが俺の鼻をくすぐった。何故か、幸せになれる匂いだった。








一目惚れの香りは何ですか
それは甘い甘い、とろけるような幸せです




(100831 リクエストで、平助くんで女子高生ヒロイン、トリップものの甘・・・のはずがなんか微妙・・・すいません)