私はクリスマスなんて大嫌いだ。
 何が「聖なる夜」だ。単なる恋人達のパラダイスデーじゃないか。残念ながら、たった今彼氏に別れを告げられていて間もなくフリーとなるであろう私には縁の無い日だ。「ほら、って愛が重いっていうか、さ」 しどろもどろにそう言うあいつ。それで私を上手くはぐらかしたつもりなのだろうか。携帯を持つ手が震える。私は知っているんだ。あいつが数日前に前々から気になっていた年下の子と付き合うことになったという事を。一週間に一度メールをするかしないかの私を「愛が重い」なんて言うのは多分あいつが最初で最後だろう。
 去年の今頃――つまりクリスマス・イブの私は、この荒んだ心の持ち主とは程遠い、乙女絶頂期だった。あいつのためにと手作り料理を準備し、不恰好ながらもケーキも作った。気合を入れて流行のメイクだってしたし、お気に入りの服と香水の匂いで自分を包んだ。インターホンが鳴り、出迎えれば抱き締められて。
 今年だってそうなると思っていたが、たった今、その夢は携帯越しの「さよなら」の声に打ち壊されてしまった。一方的に通話を切られ、「ツーツー」という音が私の耳に響く。そんな話は、出来れば準備をする一週間位前にしてほしかった。先程まであんなにきらきらして見えていた料理や私も、今はただ滑稽に見えるだけである。
 形だけのクリスマス・パーティーとなった部屋に一人ぽつんと突っ立っている私が居た。

「・・・で、俺に電話したってことか?」
「ん、そう。だって、政宗イブ空いてるって言ってたじゃん」
「だからってなあ・・それ、せめて日が暮れる前に言えよ」

 携帯電話の向こうで呆れているらしい政宗の声を聞きながら、私はソファに寝転びつつテレビでバラエティ番組を見る。ちなみに政宗へ電話する前に携帯電話のアドレス帳からあいつの番号は消し去ってやった。これから万が一あいつから着信があったとしても、名前ではなく番号で表示されるのだ。ふん、ざまあみろ。心中で呟く。
 初め電話した時、政宗は「何彼氏放って俺に電話してんだよ」と冗談半分に言っていたが、事情を話していく内に「そうか」と変に慰めるわけでもなく一緒に悲観するでもなく、やけに無感情な声色で一言そう言っただけだった。しかし変に感情が入っているよりは彼のように何も言わずただ頷いてくれる方が断然いい。でないと自分が惨めに思えてしまうから。
 正直、女友達よりも政宗の方が私の女心をよく理解している。だから、誰か呼ぼうと思った時に先に頭の中に出てきたのが女友達ではなく政宗だったのだと思う。

「夕食とかまだなんでしょ?料理とかすごく余ってるから、食べにおいでよ」
「Ha! 俺は真田みてえに食べ物で釣られねえぞ?」
「あはは!幸村だったら飛んで来るだろうね。・・・じゃ、早く来てね」
「I see. 良い子にして待っとけよ、

 からかうようなその言葉に、私は一頻り笑った後に「じゃあね」と言ってから通話を切った。
 政宗は、とある大手企業の御曹司であり帰国子女だ。会話に英語が混ざったりするのは数年間外国に留学していたためで、向こうで通っていた学校もかなり有名な所だったらしい。そんな政宗と平々凡々な私に接点など出来るはずも無かったのだが、彼が帰国してから通い出したのが何を血迷ったのか私も通っている――レベルはそう高くない、何処にでもありそうなある学校で。
 入学式の日、道に迷っていた政宗を私が見つけ、学校まで案内してから一緒に話したりする程度の友人となったのである。内容は、課題についてだったりとか近くに新しく出来たお店のことだったり、結構庶民的なものだ。まあ、金銭感覚は全くと言っていいほど違うけれど。(昼食に一万円がお手ごろ価格、だそうだ)
 ふと見た棚にあった、あいつとの思い出を嫌と言うほど見せ付ける写真立てに、私は少し表情を強張らせてからそれを伏せた。あいつとの思い出の品は、明日にでも全て片付けてしまおう。

「Hey. 、来たぜ」
「!今開ける」

 インターホンの鳴る音と共に聞こえてきた政宗の声に、私は急いで玄関まで行くと鍵を開けて彼を迎え入れた。服装がいつもより気合が入ったものだったためか、政宗は一瞬驚いたように少し目を瞬かせたが、それが何の為だったのかを思い出したらしくそれについては何も触れず、我が家へと足を踏み入れた。
 「お、美味そうだな」 料理を見た政宗が、いつもの笑みを浮かべてそう言った。彼の料理の腕は私を遥かに上回るので、ふん、と鼻を鳴らしながら「お世辞は結構よ」とわざと嫌味っぽく言えば、政宗もまた同様に鼻を鳴らしてから「世辞なんざ言わねえよ」と言った。そう言われると嬉しくなってしまうが、明らかに「お世辞」というものに嫌悪感を表しているあたり、大企業の御曹司も色々と苦労するのだろう。
 食べ物に一旦掛けていたラップを剥がし、食器を今一度配置し直した。友人とはいえ、御曹司なのだから一応失礼の無いように、である。まあ、ふざけ半分なのだけれど。フォークとナイフ、他に何が要るだろうか。洋食にお箸は絶対無いだろう。私はよく使うが。
 政宗が立ったままであるのを思い出し、そこに座っていいよ、と言おうとして振り返ったら、彼は思いのほか私の直ぐ傍に居て、驚いた、という意味で私の胸は高鳴った。

「お前、良い香りがするな」
「そ、そう?あたしも結構気に入ってんの、この香水の匂い。濃過ぎなくていいから」
「I also think so. お前に合ってるぜ、それ」
「・・ありがと。どうしたの?今日はあたしをよく褒めてくれるね」
「Ah? Isn't it glad?」
「いや、嬉しいけど・・・・政宗らしくない」

 私がそう言えば、政宗は向かい側の椅子に腰掛けつつ「そうかもな」と笑った。私もつられて笑いながら、彼の食器を取って「何を入れますか、お坊ちゃま?」とからかいを含みながら政宗に問う。それに対する政宗の反応はと言うと、眉を顰めつつ「馬鹿にしてんのか?」といいところのお坊ちゃんとは思えないようなおっかないもので。ただの冗談なのに、と私は少し笑いを必死に堪える。彼のこういう所はまるで子供のようで、何と言うか微笑ましい。
 料理をよそった皿を政宗に渡してから、自身の分も皿に取って「頂きます」と手を合わせた。今更ではあるが、自分が空腹なのだと料理を見ていたら思い知らされる。一口目、食べた物の出来は上々だった。そっと、向かいで料理を口に運んだ政宗に視線を送る。「うめえ」 また、政宗は私を褒めた。
 きっとこれは、彼なりの私への励ましなのだろう。器用なようで不器用な政宗らしい。

「ったく、あいつも馬鹿だな。お前を手放すなんざ」
「・・・・うん、すっごい腹立つ」
「なら後悔させてやりゃいい。良い彼氏作って、幸せになっちまえ」
「そんなのすぐ出来るわけないじゃん。あいつと長かったから皆に言い辛いしさ」
「なんなら俺にしとくか?これ以上良い男はそういねえぞ」

 真剣なのか冗談なのか。政宗の表情はいつも通りの笑みを持っていて分かり辛くて、私は乱された心を必死に繕いながら「そうかもね」と料理をまた一口口に運んでそう言った。
 もしもあいつと出逢うより前、政宗に出逢っていて恋心を抱いていたならば今頃どうなっていたのだろう。けれどそんなことを考えるのは無意味に過ぎない。だって私と政宗はただの友人に過ぎないし、確かにあいつと付き合っていたのだから。しかし。やはり考えられずには居られないのだ。
 あいつに別れを告げられてぽっかりと穴の空いてしまった心に、政宗の言葉は優し過ぎた。私は悪い女だ。こんな短い時間の内に、少なからず私は政宗に友愛以外の感情を持ち始めているのだから。

「でも、凡人の私と金持ちの息子じゃそもそも釣り合わないでしょ?」

 飲み物を喉に流し込み、何でもない風に平然を装いそう言った。そっと見てみた向かいの椅子は空席で、戸惑う間すらなく大きく温かい腕が背後から私を包み込んだ。「知ったことかよ」 耳元で、政宗の声が甘く響く。

「お前が俺に友情しか持っていなくとも、必ず惚れさせる」








愛がつからない内に




(110106 切ない系?昼ドラ風?とにかくごめんなさい)