「元就様」
「またお前か」
「はは、いいじゃないですかあ、この1週間来れなかったんだから」
「・・・・・・ふん。忍隊長が探しておるぞ」


おや、サボってたのバレてたんですか、と笑いながら言う私。

自分で言うのもおかしい話だけれど、私は忍らしくない。
無感情じゃないし。忠誠心、そこまでないし。
こんな馬鹿げた事を言ったらこの人は怒るだろう。
本来、自分の総大将とこんな風に間見えることは無いのだろうが、
私はこっそり隠れて会いに来ている。
というかぶっちゃけると忍の仕事とかどうでもいい。
それに元就様が怒らないから良いんじゃね、みたいな。
護衛にもなってるんだからいいじゃね、みたいな。
いやいや、元就様からの命だったら聞くけどね、流石に。

(あれ?頭ん中の長が泣いてるぞ?ん?)

城下を一望出来る所で振り返らずに言葉を返す元就様。
私は屋根裏から頭だけ出している状態だ。(頭に血が上る)
いい加減疲れてきたので床に足を下ろし、
滅茶苦茶姿勢よく正座している元就さんの隣に座った。
背筋ピーンって感じだな、うん。


「・・・、お前は何故我の部屋に来る」


行った元就さんの表情は、読めない顔だ。
しかし今更「何故」と問われても、それは此方が聞きたい位なわけで。
自分でもよく分からない。
どうしてでしょ、と自問する意も込めて首を傾げれば、溜息が返ってきた。
何だか馬鹿にされているような気がする。


「元就様、貴公は何故戦場に赴くのです?」


そろそろ戻ろう、と屋根裏に入る前に一言。
私としては先程の仕返しみたいなものだったのだが
気になっている、といえば気になっている。
この人の戦う理由が。

自分の名を世に知らしめるため?天下の統一?・・・それとも、


「何か」を、守るため?

もしも、この人がそんな「氷の仮面」にそぐわない素顔を持っていたとしても
それを聞いた私の心が揺さ振られる、ということは無いだろう。
況してや、感動して我が主への忠義を再確認することも無い。
だってほら、私は忍。
猫みたいに気まぐれで、忠誠心も、愛情も、関わり合いも表面上だけの生き物だから。

命令に忠実なのは、その任務が終わるまでの間だけで。
契約が切れれば、早くしないと別の人物に雇われて敵になることだってある。


「我が毛利家の安泰。それを措いて他にあるまい」
「自分のためでも、人のためでもないの?」
「・・・人などいつかは死ぬものぞ。それは他ならぬ、我にも言える」

「やがては消えゆくものほど、頼れぬものはなかろう。ならば己自身の手で、後の世まで末永く在り続けるものをつくりあげる他無い」
「ふうん。それで、自分の生きた証も示そう、ってわけですか?」


自分から尋ねておきながら、要はそういうことでしょう、と然して興味もなさげに呟いた。

ああ、この人は誰よりも「自分の生きる意味」を知っているのだろう。
毛利家の家督を継いだ者として、為さねばならぬことを嫌というほど分かっていて。
だから、自分のことなんてとうの昔に置いて来てしまったんだ。
覚悟と言えば聞こえの良いそれは、悪く言えば「諦め」の感情にひどく似ている。
自分を押し殺して、家のためになることを最優先にして。
けれど自分を棄てるなんてかなり腕の立つ忍でも難しいのに、たかが武家の男にできるわけがない。


そういった考えの結果が、私が皮肉っぽさも含めて呟いた言葉だった。


「・・・そうかもしれん」
「!あれ、思いのほかあっさり。けど冷酷な策略家、とか有名になっても辛いでしょ」
「人の感情に左右されては、優れた策も思い浮かばぬ」

よく分からない男。
けど、もうしばらく此処に留まってみるのも悪く無い。私はそっと笑った。








探り
はてさて、次は如何出る?




(100803)