「1+1」の答えは、例え天地がひっくり返っても「2」以外には為ることなどない。何があろうと、計算の答えが覆(くつがえ)されることなど有り得ないのだ。答えはいつでも決められていて、人々は、その答えを導き出す。ただ、その導き出し方が幾通りもあるだけで。兎も角、計算は一つの答えしか出さないのだ。
 私は、何事も効率よくしたいので、いつも「最善」が答えになるよう計算し、行動する。稀に、その計算が誤ってしまうこともある。が、所詮人間なのだから、計算間違いなど仕方が無いであろう。
 ――ただ。最近、計算どころか想定すらしていなかった事態に陥ってしまった。自分自身のことなのに対処法が全く分からず、まるで故障した複雑な機械を修理しろと押し付けられたような気分だ。
 その、「想定すらしていなかった事態」というのは、とても厄介であった。頭を抱えたくなるほどに。

「おい!聞いてんのか、てめえ」
「何で毎日下校中、不良くんは私に絡むの」
「不良・・まあ、differentとは言わねえけどよ。つうかお前、友達少ねえだろ」
「それなりに居るわよ。・・・仲良くする意味が分からないだけ」

 冷たく突き放す勢いで言ったつもりだったのだが、彼・・政宗は気にしていないようで、私の斜め後ろからしつこく言葉を投げ掛けてくる。終いには、私は無視をするという強硬手段に出たのだったが、それでも政宗の頭には私から離れるという選択肢がないようで、一方的に会話した。
 それには私も呆れて、そして流石に罪悪感を覚えてきた。私だって心を持った人間である。ふう。溜息を吐いた私は、顔だけ斜め後ろに振り返った。そんな私を、不思議そうな顔をして凝視する政宗。それだけなら、見た目より少し幼い。
 一人で喋るのは飽きないのかと問うと、彼は少し考えるように唸り、そうだな、と私の目をじっと見据えながら続けた。

「飽きねえけど、寂しい」

 その笑みが、もしもいつものような余裕を思わせるものだったら、馬鹿馬鹿しいと簡単に切り捨てられただろう。なのに、今の彼の浮かべる笑みは彼の言う「寂しい」というのを感じさせるような自嘲的なもので。私の心の中で、そんな政宗に対し言いようの無い何かが渦巻いた。
 彼に追い討ちをかけるような言葉を浴びせるのは容易なはずだったが、生憎とそこまで性格は捻くれていないし(今までの言動から既に捻くれている気もするが)、言えるような空気でもない。しばらく私は、自分から話を振ったくせに掛ける言葉も見つからず、無言になる他無かった。いつもの会話を聞き流すのとはまた違った沈黙。居心地が悪い。
 どうしようかと思案に暮れる私を余所に、政宗はまた私を凝視した。気になって、何気無く、何なのかと問うと、嬉しそうに微笑みながら答えた。

「お前が心配してくれんのが嬉しいんだよ。話し掛けてくれたしな」
「・・意味分かんない。心配なんかしてないわよ。馬鹿じゃないかと思っただけ。逆に言うと、貴方は何で私なんかに話しかけんの。いい子なら他に居るじゃない」

 私が政宗を心配している、と、それを暗に指摘されて、思わず八つ当たりのような、自分でも醜いと感じるような妬みの混じった言葉を発した。自分は、決していい子じゃない。所謂、友達というものの前ではそれなりにいい子だけど、裏ではひどいことだってした。私って、醜い。周りの子は輝いてて、精一杯青春を満喫してるのに。
 私は、人を心配をして、嬉しそうに微笑まれるような子じゃないのだ。「いい子なら他に居る」。我ながら、最高の妬み文句だった。
 私がそう吐き捨てると、政宗は不満そうに眉をしかめた。それはそうだろう、あんな言葉を聞いたのだから。気分を害しないほうがおかしい。目を伏せて、前に向き直り、また歩き出したが、数歩で止まった。右手首が、政宗にきつく掴まれて遮られたのだ。彼の機嫌は、著しく低下していた。

「その、私なんかってのはやめろ。俺は、他と違うお前に興味が有んだ」
「卑下したくなるわよ。根暗で陰険で猫被り。自分にとって、都合のいいように計算してる」
「自分を、周りより下だと思うな。お前は優しいし、冷静で、いい奴だ」

 初めて言われた言葉。え、と勝手に漏れた一文字は、慌てて吸い込もうとしても無駄だ。頬が、熱を持ったように火照った。今の私の顔は、間の抜けたものか、恥ずかしいものだろう。
 そうか。やっと「計算式」の答えが出た。この、甘酸っぱくて独特の苦しさがある感情は、

「恋・・」
「!、あんた今何て言った・・・?」
「っな、なにも!なんでもない!」
「・・・そうかい」

 また微笑んだ政宗を見、よく表情が変わる人だ、と思いながら、やっぱり厄介な「想定すらしていなかった事態」には変わりないじゃないかと、溜息を吐いた。けれど、今度のそれは、なんだか少しすっきりしたものだった。








ソクラティック ラブ
(科学的に、愛)





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