――めでたしめでたし。そう、終わる物語なんて、ああ、馬鹿馬鹿しい。ただの夢のお話。叶うことなんてありはしない。夢を持つことが悪いなんて言わないけれど、叶うはずもないようなことを思い描くのは、無駄だろう。(無論、私にだって昔、夢はあったけれど)
 そんな、将来に希望を持つ子供に言ったら泣かれてしまいそうな言葉を、目の前にいる同級生、元親に言ってみた。すると彼はと言うと、話の初めから最後まで苦笑しきりで。仕舞いには、「お前って何処と無く毛利の野郎と似てるよな」、だそうだ。褒められている、というよりは限りなく貶されているようにしか感じられないのは私だけだろうか。
 何故、私がこんなことを彼に言い出したか。勿論、ちゃんと理由はあった。十分すぎるくらいに、だ。私は、自身の机の脚を、がんっ、と蹴飛ばすと――壊れない位に加減はした、つもりだ――その机に乗っている紙切れを、睨みつけた。

「そんな怒んなって・・たかが読書感想文だろ?」
「じゃあ、そのたかが読書感想文を書き直しにされている私は何なのよ!」
「はは・・・」

 その紙切れとは、今朝、国語科の先生に書き直すよう言われた読書感想文の原稿、だった。びりびりに破いてしまいたい衝動に駆られながらも、まあまあ、と宥める元親に言われるがまま、シャーペンを持って何か無いかと思案に暮れる。
 今は昼休みで、現在は使われていない教室にこっそり二人して入り込んでいた(教室だと何かと五月蝿く集中出来ないから、だ)。私が座る席の机の横に、元親は勝手に持ってきた椅子に座っていて、先程から私の文句を苦笑したり、たまに同感だと頷きながら聞いている。なかなか、シャーペンを持つ手が進まない。
 ――何でも、思ったことをそのまま書き過ぎたのが良くなかったらしい。「最後はハッピーエンドでしたが、世の中そんなうまくいくはずがないと思います」。思ったことをそのまま書け、と言ったのは当の先生本人ではなかったか。今更文句を言わないで欲しい。

「まあ、そうだけどよ・・・なんつうか、屁理屈みてえだな」
「・・ところで、元親は書いたの?」

 とんとん、と指で原稿用紙をつつきながら、問うた。彼が、こんなものを書いている姿など想像できなかったからだ。

「失礼だな、お前は!ちゃんと書いたぜ?」
「嘘でしょ」
「てめえが書けてから一緒に出しに行くつもりなんだよ!」

 元親は、そう言いポケットの中を手で探ると、あった、と小さく口に出して、どうだと言わんばかりに机に叩き付けた。どれどれ、と皺の寄ったそれを手に取ると、題名は「もも太郎を読んで」。呆れて、何もいえない。たしか、童話「桃太郎」とは一桁の年齢の幼児が読むものではなかったか。本ではなく、絵本だし。しかも「桃」すら漢字で書けていない。
 少々冷めた目で元親の方を見ると、読んでみろよ、と何がそんな自信を持たせるのか、すこしわくわくした様子で言われた。仕方が無しに、題名と氏名の書かれたその一枚をめくる。次の頁には、不恰好な字で一文字。

「好きだ」

 私がその文字を読むのとほぼ同時に、至極真面目ないつもより低い声色で元親が言った。真剣な顔をする元親に、私はただ目を瞬かせることしか出来ず。心臓が、五月蝿いくらいに勢いよく脈を打っている。
 「何かの冗談でしょ?」と普段通りを装って、口に出すのは容易なのに、出来ない。だが、心が歓喜しているというのは分かった。
 自分もだと、やっとの思いでそう言おうとすると、丁度少し早く元親が言葉を続けた。

「知ってるか?鬼ヶ島を桃太郎が去った後、復讐の為に鬼に送り込まれた娘は、桃太郎に惚れるんだぜ」
「・・私、鬼の娘じゃないんだけど」
「俺が、姫って嫌われて苛められた時、助けてくれたのは誰だった?ちっせえころから俺をからかってたお前だろ?俺は、大嫌いだった奴に救われた」
「・・・で、惚れたの?鬼の娘みたいに?」

 少し冗談っぽくして言ってみたら、迷い無く「そうだ」と肯定された。たしかに、彼の言うとおり助けたような記憶はあるけど、それは自分の玩具を取られたような子供独特の独占欲で、だ。そんな、綺麗な物語みたいに語る過去じゃない。皮肉っぽくそう言い返すと(私って性格捻くれてるなあ)、ダチを助けるのと変わらないだろ、と少し笑う。私は、それに驚いて、少し目を見開いた。
 しばしの沈黙。それを、私の一言が破った。

「馬鹿だなあ」
「・・・・」
「私、ハッピーエンドって好きじゃないのに、元親の感想文は"めでたしめでたし"で終わるみたい」
「なっ、じゃあ・・・」
「想いが通じ合って良かったね」

 にこり、と、瞳から漏れそうになる液体を我慢しながらぎこちなく笑ったら、いつの間にか視界は元親の胸板で埋まっていて。手に持った彼の原稿用紙を強く握り締めてしまい、また皺が増えた。それを、ごめん、と謝ると、元親は要らないからいい、と返した。こっそり、それを私は自分の制服のポケットに仕舞う。好きだよ。
 もしかしたら、本当は「ハッピーエンド」が好きなのかもしれない。例えば、今みたいなのが終わり方の物語、とか。勿論、むかしむかし、で始まって。ああ、でもそんな昔ではない。ほんの、十年位前でいい。始まり方は、主人公の女の子が、好きな男の子を「姫」とからかうことでしか愛情表現が出来ないところから。さあ。








おとぎ
(むかしむかし――)





(100228 当初、ギャグの予定だったけどこんなんに)