例えば、もしも、万が一。自分の部屋の全身鏡をふと見たら、映っているのが私の姿ではなくて、見知らぬ世界の誰かさんだとしたら。まるで、童話の、魔法にかけられた鏡のようだ。そしてその誰かさんは、此方を見て、驚いたかのように目を瞬かせると、それから困ったかのように笑って、戸惑う私を余所に、その鏡をすり抜けて、私のほうに踏み入ってくるのだ。




僕らの愛した

博愛主義者





 彼の銀髪が、大げさかもしれないけど錦糸のようで。窓から差す日の光を浴びてきらきら光っている様はすごく綺麗。初めましてだな、お前の名前は、と折角向こうから話し掛けてくれたというのに、私は彼に見惚れていて、思わず反応が遅れてしまった。眉を寄せ、少し心配そうに彼は私の顔を覗き込む。頭一分位私より大きな身長の彼と目が合って、それからはっとすると少し慌てながら自己紹介をした。すると銀色の人は、私の名前を何度か繰り返し呟くと、男らしく快活に笑って小さく頷き、だな、と初対面の私を呼び捨てにした。
 彼の服装は、とても変わっていた。勿論、髪の色も変わっているけど。兎に角、彼の服装は私の目を引いていた。彩色も派手だし装飾品も高そうな物ばかり。そもそも上半身が殆ど裸って。公然わいせつで補導されなかったのかな、と少しずれた考えが浮かぶ。そういえば、左目を隠しているがどうかしたのだろうか。
 そしてふと、私の目が彼の持つ碇のような物に止まった。だが碇にしては、何と言うか細長い。鎖が床に当たって、じゃらじゃらと音を立てている(フローリングに傷を付けられたら困るのだが)。

「俺の名前は、長曾我部元親だ。気軽にアニキって呼んでくれて構わねえぜ?」
「アニキ・・・なんか馴れ馴れしいので遠慮させて貰います。長曾我部さんで」
「いや、長曾我部とか長いだろ?名前でいい」
「じゃあ、元親さんで」

 にっこり。微笑んで言うと、おう、と屈託の無い眩しい笑顔が返ってきた。彼、元親さんはそこで真面目な顔になると、鏡から自分が出てきたことに対して、驚かないのかと私に問うてくる。勿論、人並みには驚いた。だって、想像してみてほしい。例えば、洗面所にいたとしよう。夜、歯磨きでもしていたら、自分以外に映るはずの無いそこに、見覚えの無い人が。誰でも、幽霊だ、と思うだろう。無論、私だって例外ではない。あまりにも驚き過ぎて、一瞬、意識がなくなってしまう気さえするほどたった。しかし元親さんから見ると、おそらくノーリアクションだったのだろう。人って難しい。思わず声に出すと、元親さんは疑問符を飛ばした。
 私は現在一人暮らし中である。しかしその理由は、所謂悲劇のヒロインと呼ばれるような残酷なものではない。どうしても進みたい学校があまりに実家から遠かったので、家族に無理を言って一人暮らしをさせてもらっているに過ぎないのだから。たまに、ホームシックとやらになることはあるが、ここはまさかの圏外などではないので電話をしている。声を聞くだけでも、寂しさは紛れると言うものだ。そしてその愛する家族の写った写真立てが元親さんの視界に入る。少し興味があったのか、それを手に取ると、これは何だ、と聞いてきた。訂正。写真に写った私の家族ではなく、写真そのものに興味を示していたらしい。

「いや、写真ですけど」
「しゃし・・?お前の部屋って変な物ばっかだな。南蛮の物か?」
「な、南蛮・・・随分古風な言い方ですね。私から言わせれば、元親さんの服装とか碇とか、警察に捕まらないかなあって思うんですけど」
「けいさつ・・・?(他国の忍とかになら)捕まりそうになることはあるが、返り討ちだな」
「ええぇ!?も、元親さん返り討ちにしちゃったんですか!?」

 警察を返り討ちにしてしまったということに私が困惑すると、元親さんは眉を顰めながら「悪いかよ」と不満気に返してきた。そりゃあそうに決まっている。一体、元親さんは何者なんだ。もしかして、犯罪者、とか。浮かんできた最悪の答えを全力で否定する。それはない。というか、あってはならない。ちなみに、一人思案に暮れている間、元親さんは首を傾げている。警察を返り討ちにするって、どんだけの悪人だ。という考えの後に、いや、でも犯罪者ならわざわざ名乗らないはず。と打ち消す考え。それが堂々巡りをして、思考の終わりが見えない。「んんんん?」と唸ってみても、答えは導き出されることなど無く。数分考えた末は。もう、いいや。深く考えないで置こう。そうと決まれば、まず聞かなければならないことが。

「元親さん元親さん。貴方、鏡から侵入してきたようですが、帰れそうですか」
「いや、お前が唸っている間やってみたが」

 無理だ、と言葉の代わりに首を振る元親さん。彼は、鏡を自身の碇槍(先程、何気無くそう言っていた)でつついたり、手の平で触れてみたりしたそうだが、さっぱりなのだとか。「自由に行き来出来るかとばかり思ってたんだがな」と苦笑する元親さん。「早く帰らねえと、毛利の野郎が攻めてくるかもしれねえ・・」そう言うと、元親さんが此処に来て初めて、ほんの一瞬、見落としてしまいそうな位に僅かな苛立ちを見せた。攻めてくるって・・・毛利、さんとは、あまり大声では言えない「ヤ」で始まる人達なのだろうか。本当、この人って何者。





魔法




☆100406 まさかの新連載逆トリもの