「はい、では只今から家焼き肉パーティーを開催します!」
「おお!肉だぜ肉!」
「この皿にとってけばいいんだね」
「・・・・・あまり僕好みの匂いではないな」
「駄目ですよ、竹中さんちゃんと食べて下さい」
私が十分に温まった鉄板に載せた肉の、ジュウっという音に竹中さんは眉を顰めた。(予定では焼き肉大会を行うのは今度の休みだったのだが、元親さんが食べたそうにしていたので急遽今日に移行したのだ) そして、そのままさり気無く――彼の部屋になったと言っても過言ではない――和室に戻ろうとしたので、私はその色白な手首を掴み少しきつめの口調で引き止めた。
やはり、ちょっとそこまで外出しただけでは打ち解け切れなかったらしい。いや、薄々は感付いていたけど、ね。彼はいつまでも頑なだ。まあそんなこともあり、私の中の竹中さん像は「難しい人」で固まり出している。
そういえば、元親さんは「気さくな人」だとしても猿飛さんはなんだかよく分からない。そのまんま「掴めない人」とかかな。あれ?これじゃあ我が家のオアシスって元親さんだけじゃん。
「・・・・・・なんか凹んできた」
「?何がだい?」
「なあ、もう焼けてんぞ!食っていいか?」
「とか言ってるうちに焦げちゃうの嫌だし、俺様記念すべき一口目もーらい!」
「ちょっ!猿飛さんそれ私が大事に焼いてた子なんですけど!」
私がそう非難の声を上げると、猿飛さんはそれを知っていたかのように意地悪な表情を浮かべた。っく・・・!この整った顔に拳をお見舞いしてやりたい。元親さんはと言うと、そんな私達の様子(猿飛さんが私をからかっているという状態)にはもう慣れたと言わんばかりに焼けた肉を箸でつつきながら爽やかに微笑んでいる。ちなみに竹中さんは、まるで無関係といった具合に一人黙々と白飯を食べ進めていた。
ゆっくり、少しずつ食べている竹中さん。元から茶碗によそっていた白飯がそんなに多くなかったように見えたし、容姿から見ても少食なのだろう。鉄板の上で焼けているもの達はあまりお気に召さなかったらしいから、白飯だけでもしっかり食べて欲しかったのだけど・・・
いや、少食だという事以前に、もしかしたら他の理由があるのかもしれない。例えば、毒を盛られていないか疑っているとか。
「・・・・・・・・・・・はあ・・・」
なんか、今日の私は自分でも嫌になる位ネガティブだ。そういえば、前にも猿飛さんに毒を混ぜていないか疑われたことがあったような気が。
私ってそんなに人を憎んでそうな悪女の顔してるっけ? グラスのお茶に映った自分の顔を覗き込んで、凝視する事数秒間。幾らなんでもそこまでは思えなかった。ていうか悪女の顔の基準が分からない。何だそれは。
もしかしたら、彼らの住んでいた世界に原因があるのかもしれない。でもそれって、いつ命を落とすか分からない生と死の間に居るということなのでは。そういえば、私は今まで彼らの世界についてあまり深く追及したことがなかった。それは、聞いたとしても知って一体どうするか、つまり「必要性」を感じなかった、というのもあるけど――
「一体何なんだ君は。食事中にそんな辛気臭い顔をされると、見ているこっちの気分が滅入る」
「!ああ、すみません」
「悩み事?なんなら俺様が相談に乗っちゃうよー?」
「いえ・・・」
元凶は貴方達です。
とは言えず(というか言えるはずも無く)、鉄板の上で程よく焼けているカルビに視線を移した。「牛肉は少し焼けていない部分が残っているのが一番美味しいんですよね」と、そういえばこの前見たグルメ番組で芸能人が言っていたなあ、なんて頭の片隅で思い出す。まあ棒読みだったし、台本通りにコメントしたの丸分かりだったけどさ。
元親さんと猿飛さんが肉の取り合いを繰り広げていると、竹中さんが席を立った。もう「ご馳走様」らしい。まあご飯一杯だけだったし、逆にあの量なら遅いくらいではあるのだけど。一応「もういいんですか」と竹中さんの背中に問い掛ける。すると「ああ」とだけ言葉が返ってきた。
・・・ああ、そういえば。
「竹中さん、お風呂は如何します?体調が優れないようだったので、聞けなかったんですが」
「風呂?」
「すげえぞ、此処の行水はしゃわーっつってな、ずっと出っ放しでしゃんぷーとりんすで髪が良い匂いだ!ぼでぃそーぷってのもあんだが、せっけんのがお勧めだな!」
「ちょ、鬼の旦那それ意味分かんないから。もっと分かり易く・・・」
先日から既にお風呂に入っている二人と違い、頭上に疑問符を飛ばす竹中さん。途端、カルビを頬張りつつ熱弁し出した元親さんだったが、その説明は言っちゃ悪いが私でもわけが分からない。でも、本当に初めて我が家の風呂場をお二人に見せた時の反応は凄いものだった。
お風呂についてあんなに聞かれる機会は、人生でも稀なことだと思う。その後も、湯冷めしないようにと思って出したドライヤーへの誤解を解くのは大変だった。「大丈夫です、何も出やしませんから」と、果たして何度繰り返した事か。
「・・・・行水、ね・・・」
竹中さんは、その場で立ったまま「ふむ」と考え込む仕草をすると、数秒後に「じゃあ、入ろうかな」と言った。よし、そうと決まればこの焼き肉達は一先ず元親さんと猿飛さんに任せて、彼の風呂の準備をしないと。もうお湯は張ってあるが、彼専用の洗面用具やバスタオル、新しい寝間着といった数日前に買って来て仕舞ったままの物達を出してやらないといけない。
その竹中さん専用の物達は、元親さんと猿飛さんの分を買いに行った翌日に態々もう一度同じ所へ行って買ってきた物だ。まさか、買い物に行って帰って来たらもう一人増えてたなんて思いもよらない、というか吃驚してもう笑う他無かった。
「・・・そういえば、言おうと思ってたことがあるんだが」
「?何ですか?」
「あの、寝る時に身に付ける衣服なんだが」
おそらく、私のシャツとジャージだ。学校指定のジャージはサイズが大きめだったたし、シャツもフリーサイズだったこともあってか細身の竹中さんは余裕だった。ちなみに父親の寝間着は竹中さんが現れた時、元親さん達が使ってしまっていたのだ。本当は、買ってきた日に寝間着を着てもらいたかったのだが、彼を着替えさせていたのは元親さんで(流石に男の人を着替えさせるのは出来ない。猿飛さんがやって来た時も元親さんに頼んだ)、シャツでも頭を出す所と腕を出す所をよく間違えるのにボタンを留めるなんて無論出来るはずが無く。
竹中さんが目を覚ましてからも、色々あって着替えさせること(そもそも誰も近寄れなかった)が出来ず、彼だけは未だにそんな出で立ちだった。出掛ける間は流石にジーンズに穿き替えてもらったけど。
「少し首元が苦しいんだ。替えの襦袢か、湯帷子はあるかい?」
「じゅ、襦袢・・・ですか?えっと、ゆかたびら・・?」
ゆかたびら、というのは「浴衣」のことなのだろうが、どちらにせよ此処にはない。というか、「替え」ってどういう意味だろう。
「あ、旦那。此処じゃ、物を着てお湯に浸からないみたいだよ。湯帷子も、俺達のとことは大分違うし」
「ぱじゃまっつうんだろ?あれ」
「・・・つまり、裸で入るのか。なんというか、此方は随分と僕らと違うようだ」
ふう、と溜息を吐いた竹中さんに、私は首を傾げた。私から見れば、違っているのはこの三人だ。やっぱり、「宇宙人から見た地球人は宇宙人」ってやつと同じ原理なのかな。
Culture Shock
(彼らから学ぶ事は多そうです)
☆101024 戦国時代の入浴は、水やお湯を浴びる行水、蒸し風呂があったようですが、お湯に浸かるというのは正式にはいつ頃から始まったか分かっていないようです。ただ、豊臣秀吉が温泉に浸かりに来たという話があるらしいので、位の高いこの三人なら浸かる事もあったのでは、と思いこうなりました。歴史は奥が深いですね