「これが元親さんの言っていたシャワーで、此方の蛇口を左に捻ればお湯が出ます。石鹸とかシャンプー、あとリンスは此処にありますから。あ、えっと石鹸は体を綺麗にするもので、シャンプーは髪に付けて泡立てて、リンスはそれを流してから髪に馴染ませて、最後は綺麗に洗い流して下さいね。後、さっき言った歯磨きに使う歯ブラシとかは、洗面所にありますから。竹中さんは紫のを使って下さい」
「ああ、分かった」
「・・・何だか、皆さんって常識が抜けてる時がありますよね。どんな所なんですか?皆さんの住んでいた所って」
「・・今更だね、その質問。てっきり僕らに関心が無いものだと思っていたのだけど」

 私がさり気無く聞いてみると、竹中さんは少しだけ驚いたような口調でそう言ってから「秘密だよ」とからかう様に続けた。


*


 リビングに戻ると、焼き肉パーティーは既に終わりかけていた。恐るべし男の人の胃袋。肉も野菜も綺麗さっぱり無くなっている。なんだか、少なからず信用してもらえているようで嬉しかった。あれ?でも結局私が食べたのって、白飯一杯とお肉、野菜を少しずつ、くらいだけじゃ・・・今日の夕食って焼き肉パーティーなんだけどな、一応。
 食器等の片付けは、入浴中の竹中さん以外の二人が積極的に手伝ってくれたので、早々に終わらせることが出来た。特に猿飛さんの手際の良さは目を見張るものがある。もしかしたら、私が竹中さんのお風呂の準備をしていたため居なかった間に、元親さんが言ってくれたのかもしれない。
 なんだかんだ言って、三人とも此処に慣れてきてくれているみたいで良かった。心成しかここ数日で、彼ら(というか迷彩柄の彼と仮面の彼)の刺々しい警戒心丸出しのオーラがやんわりとしてきたようにも感じる。我が家で渦巻いていた重々しい空気も大分消えてきた。

 これで変な緊張をしなくて済む。多少はまあ、血の繋がっていない他人が家に居るのだから仕方ない。元親さん達とリビングでのんびりテレビを見ていた私は、一段落すると机を端に寄せ、押入れの中から布団を折り畳んだまま出すと其処に置いた。お風呂を済ませた後、やることをやったら直ぐに寝ることが出来るようにだ。ちなみに元親さんと猿飛さんは両親用の寝室にあるシングルベッドを一つずつ占拠している。竹中さんは勿論和室だ。

「・・・・あ」
「どうした、
「いえ、そういえば友達から漫画借りたんだっけって思いまして」
「?まんが?」

 そこでタイミング良く戸が開いて、湯気を出しながら竹中さんがリビングに入ってきた。いつも難しい顔をしている彼にしては珍しく、満足気な表情を浮かべている。
 私はソファに座りながら、持っていたドライヤーの準備をする。竹中さんは初ドライヤーだが、元親さんや猿飛さんは此処毎日ずっとしているので、なんだか私の新しい日課になっていた。

「なかなか気持ちが良かったよ」
「じゃ、次は俺様が入らせてもらうとしますか」
「おう。入って来い」
「竹中さん、ドライヤーしますからこっちに来て下さい」

 矢張り頭上に「?」を浮かべる竹中さんを問答無用で私の隣に座らせると、出来るだけ優しくするよう心掛けながら彼の肩に掛けてあったバスタオルで髪を拭いてやり(と言っても彼は割り方きちんと湿り気を拭き取っていた)、近くなり過ぎないよう気を付けながらドライヤーの温風を掛けてやった。その間、以外にも好きなようにさせてくれていた彼に私は少し驚いた。
 これを言うと少し変な人みたいだが、彼の髪はとてもふわふわしていた。それにどうやら、元親さんや猿飛さん同様、彼のこの髪色もどうやら地毛らしい。ちなみに、猿飛さんのは少し判別し辛かったが本人に聞いたので間違いない。

「なんだかくすぐったいね。でも、不思議と気分は悪くない。変てこな風呂に入ったから、僕もおかしくなってしまったのかな」
「お風呂ってとても気持ち良いですよね」
「此処のは飽きねえしな」
「君の言っているのは風呂ではなくて機巧に対するものだろう」

 全く、と竹中さんは呆れたように呟いた。
 彼の髪が大体乾いてきたところで、猿飛さんは上がってきた。顔のペイントも落としている。どうやらあれは毎朝付けているらしいが、何で描いているのか等詳しい事はよく知らない。少し興味はあるけど。「次は彼だね」 そう言うと竹中さんは席を空けると、別のソファに腰掛けた。二人掛けのソファ二つは、L字型になるように置かれている。彼が座ったのは、元親さんの隣だ。
 眠くなってきたのか、欠伸を噛み殺しながら「先に入るぜ」と席を立った元親さん。そんな彼に頷いて「どうぞ」と言うと、私は早速猿飛さんのドライヤーに取り掛かった。

「意外。旦那、寝ないの?」
「そうしたいところだけど。そうだな・・・目が冴えてしまったようなんだ。君達の顔を見ていれば、少しは眠くなるかと思ってね」
「え、それ酷くないですか?眠くなる顔ってなんですか?」

 真顔で言うもんだから、冗談なのか本気なのか分からない。私が地味に戸惑っていると、猿飛さんは「えー俺様は違うでしょ、ちゃんはあれだけどさ」とあっさり私を切り捨てた。益々「眠くなる顔ってなんですか!?」と言葉に力のこもる私に、竹中さんは涼しげな顔で「いや、君もだよ」と言うだけで何も答えてくれない。だから何なんですか、眠くなる顔って。締まりが無いってことですか、そうですか。
 勝手に自己完結した後も、私達はそんな他愛も無い話ばかりしていた。元親さんが上がってくる頃には何故か明日の夕食の話になっていて、彼には「何でそんな話してんだ?」と不思議そうな顔をされた。それは私にも分かりません。取り敢えず、明日の夕食は焼き魚ですよ元親さん。
 そして元親さんのドライヤーも掛け終わった後、私は入浴して歯磨きも済ませ、三人におやすみなさいを言った。リビングで寝るのは私一人なので、必然的に私は今一人だ。借りた漫画でも読もうかな、とその事を考えて布団の近くに置いておいた学生鞄に近付く。

「(・・・・あ)」

 中を覗いて、私は漫画の事を思い出した時と同じリアクションをしてしまった。そこには、理科のワークがある。そういえば、一つ分からない問題があってインターネットで調べようと思ってたんだっけ。時計が示す時刻は、午後十時過ぎ。調べるのは一つだけだし、少しだけなら夜更かしにもならないだろう。
 私は、鞄からワークとペンケースを取り出すと隅にあるノートパソコンの前へと歩み寄り、電源を付けた。機械が動き始める音がして暫く暗い画面が続き、起動したと画面に文字が現れ――

「(・・・・・・・・・・・あ、あれ?画面が暗く・・・?)」

 一旦現れた文字は消えてしまい、元の暗い画面に戻ってしまった。「もしや壊してしまったのでは?」と嫌な考えが脳内に浮かぶ。そんな馬鹿な。このノートパソコンは、一人暮らしをするにあたって父から譲ってもらった物だというのに。このままでは、私は親から貰った物を壊すという親不孝者になってしまう。真っ暗な画面には、困惑の表情を浮かべた自分が映っていた。
 どうしようという言葉が脳内でぐるぐる回る中、取り敢えずキーボードを適当にぶっ叩いてみた、その時。ぼん!と音を立てて、私の視界が突然白い煙に覆われた。ま、まさかノートパソコンが爆発した!?うわもうそれ親不孝確定しちゃうどうしよう。
 驚いて立ち上がったまま呆然としていると、此方に近付いてくる足音が聞こえてきた。先程のノートパソコン爆破音は思いのほか大きかったらしい。そして(おそらく)皆さんが此処リビングに入って来たようだ。どうにも煙が部屋に充満している所為で其処に三人とも居るのか確認できない。

「どうした、!」
「あ、元親さん?すいませんちょっと親不孝者への道へ踏み出しただけですから」
「いやそんなんじゃ分かんないし。何があったわけ!?心中?」
「・・・この家に爆発物があったなんて、聞いてないのだが」

 聞こえてきたのは矢張り三つの声。先程の音は、皆さん全員を起こしてしまったらしかった。私の心は申し訳ない気持ちで一杯である。室内を満たしていた白い煙が徐々に晴れてきて、リビングの入り口付近に居る人影が見えてきた。
 「人騒がせですいません」と謝ろうとしたその時、背後のノートパソコンのある(あった?)机の近くから僅かな物音が聞こえてきた。もしやまた猿飛さんがテレポートをしたのかと思い、入り口付近を確認してみるが、依然人影はちゃんと三つある。
 煙はもう殆ど晴れてきた。気のせいだったのかと一応背後を振り返ってみる。すると、

「――半兵衛、様?」

 驚愕の表情を浮かべながら大きく見開いた目で一点を凝視する男の人がいた。安堵と驚喜の色を帯びている声音で、竹中さんの名を呟く彼。
 数日振りに、我が家にファンタジーがやって来た。





どこかで喜ぶ私が居た
(ハローファンタジー!)








☆101127 見事アンケートにて一位になられた三成参戦です