「おう、起きたか
「・・・・あ、おはようございます」
「何だその間。俺の存在を忘れてたか?はは!」

 一瞬、元親さんが誰だか分からなくて焦った。そういえば、私が滞在許可を出したんだっけ。昨日は結局、元親さんの職業を聞くに聞けず、というか鏡からやって来た時点で既に只者じゃないし。元親さんは、ファンタジーの世界の住人なんだろう。自分でも言っていて悲しくなるような結論だが、納得するしかない。何かないと、この摩訶不思議な現象を受け入れ難いではないか。自称、警察を返り討ちにした男は、嘘を吐いているとは到底思えないような朗らかな笑顔を浮かべている。それが、私に疑う余地を与えなかった。こんなに怪しさで溢れた外見なんだけどなあ。とはいっても、今は昨日の派手な露出度高めの服ではなく、至って普通の町にいそうな男物の服に着替えてもらっているが。眼帯は流石に渋っていたので(傷口でも見られたくないのだろうか?)、救急箱から出した医療用の眼帯を代わりに渡しておいた。
 あのあと数時間かけて話し合ったのだが、元親さんは帰れない上に此処が何処だか分からないので身寄りも無いのだとか。仕方が無いので、帰り方が分かるまでは私の家で滞在してもらうことにした。今度、不動産屋にでも行こうかな。

「なあ、そろそろ朝餉にしねえか?腹減った」
「元親さんは、御飯かパンどっちがいいです?ちなみに私はパンにします」
がそうするなら、俺もぱんがいい」
「分かりました。じゃあ、トーストしてきますね」

 そういえば、昨日は元親さんに会ってから何だかんだでリビングを一歩も出ていない。机を端に寄せたそこに布団を敷いて、丁度寝ようとしたそこに元親さんが現れ色々あったからだった。キッチンに入ると、棚に置かれた食パンの袋から二切れ取り出し、トースターにセットする。ジャムを数種類とバターを冷蔵庫から取り出し、ついでに紙パックのオレンジジュースも出して二つのコップに注いだ。少し視線を移すと、リビングで色々な物を物珍しそうに物色する元親が視界に入った。思わず頬が緩み、笑いが起こる。そう珍しい物でも無いだろうに、子供のように目を輝かせている様は、本当に微笑ましい。田舎生まれなのだろうか。いや、今時田舎とはいえ世間知らず過ぎだろ。
 ちん、と音を出して飛び出たパンをそれぞれ皿に載せてコップとお盆に置くと、リビングに運んだ。それまで部屋の物を見つめていた元親の視線が、今度はそのお盆の上に移る。これがぱんか、とか、この飲み物は何だ、とか子供のように聞いてくる彼に、私から自然と笑みが零れた。その瞬間。
 ――ドバン!

「!何だ!!侵入者・・忍か!?」
「(忍?)風呂場の方ですね・・・ちなみに元親さんも侵入者です」

 先日からの、元親さんの妙に独特な言葉遣いに違和感を感じつつ、私達は兎に角風呂場の方へ急いだ。「侵入者って・・また元親さんみたいな人だったらどうしよう」、と頭の中で嫌な予感がする。出来れば、当たってほしくない予感である。リビングからそう遠く無い所にあった為、すぐに目の前に現れた風呂場の扉。私を背に隠すと、元親さんが碇槍の柄を握り直して、開けるぞ、と真剣な表情で私に確認する。ごくり、と唾を飲み込みつつ頷けば、勢いよく元親さんがドアノブに手を掛けた。間。手を、掛けたまま微動だにしない。恐る恐る元親さんの後頭部を見上げると、解せない顔をして私の方へと振り返る。
 「これ、どうすれば開くんだ」と困った顔。張り詰めていた空気が、崩れ去る。仕方なく、元親さんの後ろから手を伸ばしてドアノブに手を掛け、私が、今度こそ勢いよく開く。すると少し広めの湯船には、迷彩柄と黒い服に身を包んだ明るい髪の毛色の人が、うつ伏せで沈んでいた。顔は見えないが、その服装と、沈んでいる彼の物らしき大きな手裏剣で、直感的に私は感じ取った。
 彼もおそらく、元親さんと同じような現実味に欠ける人なのだろう、と。





水面にうつ
(みなもに移る)







☆100409 おいでませ佐助さん