「目覚めませんね・・怪我は掠り傷位しかないのになあ・・・」
「疲労じゃねえか?ていうかお前、何で曲者を手当てしてやってんだよ」
「・・どうせこの人も、元親さんみたいにファンタジーな人なんでしょ?」
「ふぁんたじ?」

 本気でその言葉の意味を分かっていないのか、首を傾げる元親さんに私は諦め気味に「何でもないです」と溜息交じりに言った。今、私達二人は和室で先程風呂場に突然現れた迷彩柄の人を寝かせている布団の横で他愛も無い雑談をしている。あれやこれやと忙しなく色んな部屋を行き来している間に、知らず知らずの内に時は結構経っていて、ふと見た時計の針は十二時前を差していた。迷彩柄の彼が現れたのは私達が起床して間もなくの七時頃だったから、既に五時間以上経過しているということになる。湯船に浮かんでいた彼を元親さんに引きずり出してもらい、無論ぐっしょりと濡れてしまっていた服も着替えさせ、体をバスタオルで拭き、体中の傷の手当てをする。今までしてきたそれを思い出せば、確かに時間が掛かってもおかしくはないか。
 一段落して、そういえばと私はいつの間にか忘れ去られてしまっていた朝食の事を思い出した。といっても、もうこの時刻であるし、既に冷め切ってしまっている筈だ。楽しみにしてくれている様子だった元親さんには悪いが、あのトーストは美味しい状態では食べられないだろう。間に何か挟んでサンドイッチ風にして昼食にでもしようか。今日は、元親さんのちゃんとした服や、歯ブラシといった日用品を買いに近くのショッピングモールに出掛ける予定だったが、どうしようか。迷彩柄の彼を残していくというのも不安だけれど、服のサイズを見なければならないから元親さんを残すわけにもいかない。彼等の着ている服は、たまに母と共に泊まりに来る父が「よく来るのだからいいじゃないか」と言って置いて行った物で、大柄な元親さんには小さいように見える。出掛けるのを明日に延期する事も出来るが、サイズの違う服で我慢させるというのは何より良心が痛むから避けたい。

「この方を一人残すのも、だからといって元親さんを留守番させるわけにも・・・どうすればいいと思いますか?」
「いいんじゃねえか、置いて行けば。元々、忍なんて野良猫みてえなもんだ。逃げたって、一人で生きていけるさ」
「ええ!?駄目ですよ!・・・いっそのこと、家中の鍵を全部掛けちゃえばいいかな・・」
「そうと決まれば、さっさと行こうぜ。行きたいとこあんだろ?」

 少し悪い気もしたが、もしかすると私達が帰ってくるまで目を覚まさないかもしれない。そうすれば、此処に何時までいたって無意味だろう。当初は、元親さんの一人分だけだったが、買わなければならないものは急遽それぞれ倍になった。買い物袋もそれなりの重さになるだろうし、商品を探すのに時間も掛かるだろうから、行くならば早くしなければ。未だパジャマのままだったので、急いで客間(とはいっても両親が泊まりにくる時に使う寝室、という方がしっくりくる)のタンスの前まで小走りすると服に着替える。
 鞄に財布と携帯、ハンカチなど必要最低限の物を突っ込みリビングに行くと、元親さんは私が寝ている場所から少し離れた場所にあるソファに座り、電源の付いていないテレビを不思議そうに見ていた。少し笑って、行きましょうか、と声を掛けると間もなく返事が返ってくる。そして私は玄関まで歩き、靴箱からパンプスを取り出し履いたところで元親さんに何を履かせようか迷った。明らかに私とはサイズが違うし、生憎流石に父は靴までは置いていない。そこでふと目に入ったのは、ほんの近場に行く時に使う黒い安物のサンダル。これなら、サイズも多少は誤魔化せるし、男女関係ないだろう。元親さんには悪いが、今日はこれで我慢してもらうしかない。ショッピングモールに着いたら、靴も買わなければ。

「おい!このからくりは何だ!?この箱に乗って移動すんのか!?」
「・・エレベーターも知らないんですか?元親さん、どんだけ田舎育ち・・?」
「田舎!?俺は、新しい技術には誰よりも詳しいんだぞ!?お前の城が変わってるだけだ!」
「し、城!?違います、ここはマンションですよ!本当、良かった・・私達以外乗ってなくて」
「此処って何処なんだ・・・日の本にこんなとこがあるなんて知らなかったぞ・・」

 ぶつぶつと言う元親さんに、私は本気で困惑していた。エレベーターを知らないって。この様子じゃあ、町のもの全てを知らない、なんてのも有り得そうで怖い。昨晩から思っていたが、彼は一体何者なんだ。鏡から現れた時点で、既に常識が通じないことは分かっている。だが、通じなさ過ぎて困るのだ。まるで、タイムトラベラーを相手にしているような感じである。
 エレベーターが、一階を示して扉を開けた。私が降りると、若干警戒しつつも元親さんも私に続く。その後も、私が歩く後ろを子供のように着いて来た。自動ドアに異常な程驚愕していた元親さんだったが、マンションの外に出るとあまりに驚き過ぎて全く喋らなくなってしまった。やはり、彼はどうやらかなりの田舎育ちに加え世間知らずらしい。車が前を横切る度に肩をびくつかせていて、私は苦笑するしかなかった。ある程度歩くと、バス停が見えてくる。ショッピングモールへは歩いても行けることは行けるが、それでは時間が掛かりすぎてしまう為、お金は少々掛かるが速くて済むほうを優先することにする。
 バスに乗り込むと、昼時のためか少々混んでいた。とはいえ、此処の前の停留所で大分降りていたのか、座席が少し空いている。二人掛けの座席に座ると、未だマンションから一歩出て一口も話していない元親さんに話しかけてみた。

「元親さん、どうですか?都会は違うでしょう?田舎と違って車やビルも多いですし」
「・・・俺達が乗ってるこれって何だ?あの色取り取りの走るからくりは何だ?あそこのめちゃくちゃ高い建物は何だ?あれで何すん」
「質問多すぎです!しかも何で俯いて言うんですか?」
「わ、悪ィ・・俺、今頭ン中が爆発しちまいそうだ。もっと普通の話題にするわ・・・・・今日の夕餉は何にするんだ?」

 話が大きく変わったが、然程気にしていない風を装って「魚ですかね」と返した。それから、どの魚が好きか、だとか、刺身か煮付けか焼き魚かと調理法をどれにしようかと相談したりした。というか、何故夕食の相談なのだろう。この時間帯では、夕食より昼食の方が断然近いのに。ちなみに、昼食はフランチでも食べようかと考えている。確かこれから行くショッピングモールには、友達とこの前一緒に食べた美味しいレストランがあった筈。折角だから、元親さんにも食べてもらいたい。ショッピングモールに着いたら、まずはそのレストランで昼食にしてから買い物をしよう。バスに揺られながら、頭の中で予定を決めていた。
 今朝作ったトーストは、間に野菜やハム、チーズなどを挟みサンドイッチにして迷彩柄の彼の枕元に飲み物と共に置いていたりする。





みちに
(未知にまどう)








☆100416 元親テンパってます