空から差す光はなんとなく赤みがかってきている。まあそりゃあそうだろう。私が学校から帰ったのは夕暮れ時だったから。私とファンタジーな居候くん達は、長い長い下り坂を、横に並んで歩いていた。最寄りのスーパーマッケットは本当にすぐそこなので(どのマンションを借りるか悩んでいた時、今住んでいる所に決めた理由はその立地条件だった)五分足らずで付くことができた。
「AM10:00〜PM9:30」と書かれた紙の貼ってある自動ドアが私に反応して開いた。そっと後ろを見てみる。何の変哲も無いことだったのだけど、元親さん達は分かり易いリアクションをしてくれていた。猿飛さんや竹中さんはともかく、元親さんは数日前に一度外に出てるのになあ。
それにしても、やはり後少しで始まるタイムセールのことを狙って来るのは数人程度ではなくて、中にいる人は登校中さり気無く外から覗いた時より少し多い。
「いいですか、皆さん。二分経ったら此処は戦場になります。くれぐれも私から離れないで下さいね!」
「「「戦場!?」」」
三人が異口同音に「戦場」の言葉をオウム返しすると、ばっと私の方に目を向けた。心なしか緊張した空気を帯びた三人の面持ちは、なんだか本当の戦場に行くみたいだ。「そうです!」 拳をぐっと握り締め、お気に入りの白い鞄から今朝のチラシを取り出すと元親さん達の目の前に広げる。今日のタイムセールは、数ヶ月に一回あるかないかの大安売りだった。
私の盛り上がりとは裏腹に、何故か黙ってしまった三人。「七割引きですよ、すごくないですか?」とチラシを鞄に仕舞いながら不思議に思い聞くと、竹中さんが代表したように私に聞き返した。
「そもそも、此処は何なんだい?戦をするには手狭だと思うのだけど。その紙は、召集状かな?」
「召集状・・・何と言うか、現実的なたとえを使いますね、竹中さん。あながち間違いじゃないですけど」
「たとえ?」
「そうですよ?戦争みたいな勢いってことです!滅多にない大安売りですよ!」
何故か目に見えてがっくりと項垂れた三人に私は首を傾げた。私の発言のどこに落胆する要素などあったのだろうか。少し気になって、猿飛さんにどうしたのか聞いてみると「俺様達の単なる勘違いだよ」と溜息まじりに教えてくれた。よく分からないけど、そういうことらしい。
そうしていると、ついに聞こえてきた「タイムセール開始です!」という店員さんの掛け声。途端に、それまで近くで待機していた奥様方の瞳がまるで狩りに行く時の獣のように(冗談じゃないんだよ、これが!)きらりと光り、それぞれの目的の売り場へと走り出した。うっ。ちらりと視界に入る一つ一つの表情が、すごく怖い。そ、そんなに睨まなくても。
「さっ行きますよ!」 そう三人に声を掛け、負けじと私も本日の目玉商品である牛肉の売ってある鮮肉コーナーへ人の波をかき分けながら向かった。しかし、どうやら私のような若輩者では百戦錬磨の奥様方に到底敵わないらしく、目的のコーナーへ近付くこともできない。って痛!今足踏まれた!
「っと。大丈夫?ちゃん、いきなり走り出すから吃驚したよ」
「え、猿飛さん!?てゆうか、あれ?」
突然肩を掴まれたと思ったら、気付けば私の視界は奥様方の群れの中から少し離れた所に変わっていた。「え、テレポート!?」と思わず口から漏れてしまったけれど、少し冷静になって考えてみれば、単に私が奥様方から置き去りにされただけなのでは。あれ?でもさっきまでそこにインスタントコーナーなんてあったっけ。
「で、此処で買い物するんでしょ?あんな無茶して何買おうっての?」
「え?ああ、お肉です。今度久しぶりに焼肉でもしようかなって思って」
「肉?あっちで皆が取り合ってるやつ?いくつ買うの?」
「うーん・・・・元親さんとかすごく食べますし、五パックくらいかな?」
「五つ?分かった、ちょっと待っててね」
え、と返すよりも早く、猿飛さんは瞬く間に私の前から「消えた」。まるで本当にテレポートをしたみたいに。やっぱりファンタジーな人だったんだ、と少しずれたことを考えながら半ば放心状態でいると、間もなく元親さんと竹中さんが私の所まで追いついてきた。「やっと見っけた!」 安心したように爽やかな笑みを浮かべながら走りよってきた元親さんと、その後から自分のペースでのんびり歩いてきた竹中さん。
そんな二人が私の隣に並んでから、私は明後日の方向を見ながらにっこり微笑んで言った。
「テレポートって本当にあったんですね」
向こうで満足気な笑顔を浮かべながら此方に手を振っている猿飛さんが見えた。
それは現実逃避とも
(また一瞬で、私の隣に猿飛さんが戻ってきた)
☆100825 ちょっとだけ忍っぽいことをしてもらいました