「・・・なあ、」
「ん?何だ?どうかしたか、政宗」
「お前、道分かってるよな?実は勘だとか言わねえよな?俺達・・・」
「迷ってねえよな?」
薄暗い森の中、眉をひくつかせながら言った政宗の言葉は木々に反響した。ゆっくりと、確かめるようにして言った政宗に、は、あっけらかんと返す。「迷っているが?」。実にあっさりと、政宗の言葉を肯定した上で笑い飛ばした彼女に、政宗は溜息を吐きたい衝動に駆られた。此処は、先日の毛利の屋敷から遠く離れたとある山の森林の中。だが、達は自分の住処である廃れた神社に帰るわけではない。二人は今、知り合い――鬼ヶ島の首領、元親の元へと向かっている。かなりの距離があるので、短く見積もっても、後一、二週間は掛かるだろう。
にも関わらず、だ。政宗は、頭を抱えた。此処でまさか、道を熟知しているとばかり思っていたが迷うとは。仕方ないだろう数年ぶりなんだと相変わらず高らかに笑うに釣られ、自分も思わず空笑いがこみ上げてきた。全く。ふと、上を見上げ、はあ、と深く溜息を吐く。すると、何かが視界を横切った、ような。隻眼を細め、その地上高くを目を凝らしてもう一度見つめる。すると、何かが此方に向かって凄まじい速さで近付いて、というか落ちて来ているようだ。遠目では何か確認できなかったが、段々と近付く内にそれが何か確認出来るようになる。どうやら人の身の丈ほどの妖怪、らしい。思わず身構え、の方に目を向け、そしてもう一度見上げた。すると、何時の間にやら其の妖怪は小さな猿に変化していて。しかもどうやら、見覚えがある。
「おお・・・!あの時の夢吉、といったか?何故此処に・・相も変わらず愛らしい奴め!」
「おい!こいつが居るってことは、近くにmasterが居るってことだぞ!今の俺たちの姿じゃ、即刻退治される!逃げねえと、」
「全く・・・夢吉は妖怪の姿を解いたのだぞ。主にも、戦う意思が無いのだろう」
確認するようにが背後の木の陰に向かって問うと一瞬間があった後に、派手な身形をした五、六歳ほどの子供が現れた。参ったねえ、などと言ってはいるが、その柔らかい笑みからは「参った」と本当に心の底から言っているようには見えない。人懐っこいとも人の善いとも言える表情を浮かべつつ、まるで古くからの友人でも相手にしているかのように、妖怪――即ち敵である筈の達に話しかけてきた。政宗も、先程までの鋭い殺気と険しい表情は何処へやら。間の抜けた顔をしつつも、一応は警戒しているようだが、傍から見れば呆れているようにも見える。
その子供、寺の和尚を務める前田家の子、宗兵衛から聞いた話によると、事の始まりは、何処かから妖怪の臭いを嗅ぎ付けた夢吉にあるらしい。職業柄、森林などで臭いを嗅ぎ付ける、というのはそんなに珍しいじゃあない。とりあえず戦闘は免れないだろうと踏んだ宗兵衛は、先手必勝、とまずは夢吉をただの小猿から妖怪の容姿へと変え、送り込んだ。そしてまあ、先刻に繋がるのだが。と政宗を敵ではないと認識したのか、それとも他に何かあるのか。兎も角、必死に走ってやっとの思い出夢吉に追い着いた時には、勝手に小猿の姿へと戻っていてしまったのだとか。それまで適当に相槌を打っていた政宗は、其の話が終わるとの肩に乗っていた夢吉に隻眼を向けつつ「手綱握れてねえじゃん」と宗兵衛に言うと、馬鹿にするように笑った。それに対し、当の宗兵衛はと言うと困ったように苦笑するばかりである。
そこでふとは、はてと首を傾げた。どうして、子供が妖怪とたった二人で森に。そしてその浮かんだ疑問を率直に目の前の宗兵衛に問うと、答えはひどくあっさり返された。
「実はさ、知り合いの元服式から帰る途中だったんだけど、気が付いたら利やまつ姉ちゃんと逸れてて・・」
「で、その身一つで私達に挑もうと?」
「夢吉も居るし、雑魚なら大丈夫かなあ、なんて」
「・・You are foolish.」
「まあ、実際は夢吉が警戒を解くような奴だから良かった!」
政宗が宗兵衛に対して言った言葉の意味はよく分からなかったが、何となくその異国語は馬鹿にしたような内容だったのだろうという気がして、彼女は追及しなかった。というか、彼女にとって問題なのはそこじゃなかった。今、宗兵衛は確かに言った。「逸れた」、と。そして自分達も迷っている。いくら子供でも、この土地に詳しい者なら道案内ぐらい頼めばしてくれるだろう、という名案が彼女には浮かんでいたというのに、脆くもその希望は崩れ去ってしまったらしい。さてこれからどうするか、と思案に暮れるの視界の端で、政宗と宗兵衛はというと人間界の流行りについて語らっていた。
肩の上の夢吉は、少し眠たそうに目を擦っている。微笑ましいその光景に、の頬は思わず緩んだ。しかし、それにしても。頭の中で先日の松寿丸や弁丸を思い浮かべつつ、視線を夢吉から宗兵衛に移した。何かと、自分には子供が絡む事が多い気がする。
迷う、出逢う、惑う
生きることは出逢うこと
100330//しばらく閑話的なのが続きます