「・・あー!!もう歩けねえ!眠い、疲れた!!」
「What!? Don't joke!!! 何回目だその言葉!」
「まあまあ、子供相手にそう怒るな。思えば、もう人間達は寝る刻。気付かなかった私達に非がある。そこで思いついたのだが、休憩も兼ねて、三人仲良く川の字で寝ようではないか」

 森で迷うこと数刻。達の目の前に目的地が現れることは無く、ただ無情にも日は傾いていくばかりで、気が付けば、見上げた空は既に黒く染まっていた。疲れた、と何度も連呼する宗兵衛に渋々と黙って休憩の時間をとっていた政宗だったが、十数回目のその言葉に遂に堪忍袋の緒が切れたらしい。相手は異国語など分かる筈も無いただの子供だというのに、思わず英語で罵声を浴びせる。当然、頭上に疑問符を浮かべた宗兵衛だったが、が微笑みながら言った言葉に安堵の息を漏らした。これ以上歩かされては、いくら歩くことに慣れているとはいえ、足が棒になってしまいそうである。それ程に、くたくたに疲れきっていたのだ。

 やっと寝れる、と喜ぶ宗兵衛を尻目に、寝る必要など無い妖怪の身である政宗は、ぶつぶつと悪態を吐いた。寝る必要が無いという事は、つまり、夜通し歩き続けることが出来るという事で。この子供と猿にさえ出遭わなければ、今頃、もっと事態は進展していたのだろうと思うと、腹立たしくて仕方が無い。そしてその怒りの矛先は、早くも眠りについた宗兵衛の寝顔を微笑ましそうに見つめるに向けられる。彼女が、「眠い、疲れた!!」というこの子供の訴えを、ばっさりと非情に切り捨ててくれれば良かったのに。なんだかんだで彼女に頭の上がらない政宗は、その彼女の意見には従うざるおえないため、いつも何やら面倒事に付き合わされる羽目に陥るのだ。そんな苦労性を、自分でも重々承知している。
 だが、しかし。最近の面倒事の質が変わってきていると、政宗はの変化について感じていた。彼女は最近、人間に関わり過ぎてはいないか、と――

「政宗、政宗。聞いているのか?」
「Ah...もう寝かせろよ。こいつが目を覚ますまで暇だから、俺も寝るからな」
「む・・それは困る。私が暇をしてしまうじゃないか。流石に朝までお前達の寝顔見物も飽きる」
「じゃあ、あんたも寝りゃあいいだろ。どうせ、俺の寝顔なんてとっくに飽いてるだろうが」

 いっそのこと、最早投げやり。そういった感じで、ぶっきらぼうに返すとに背を向け寝転んでそのまま瞳を閉じた政宗に、彼女はどうしたものかと首を捻った。何しろ、朝まで政宗と暇潰しに会話でもしようと考えていたのだ。無論、会話相手の居ない会話など単なる独り言である。というか、そんなことをしている人がいたら頭がおかしい。見て見ぬふりをしたくなるだろう。
 仕方が無しに、自分も其の場に横になると、両隣の宗兵衛と政宗に己の尾を被せた(保温効果でもあるのか、これが実はとても温かい)。右を見れば、大の字になって寝ている宗兵衛と、彼の腕の中の夢吉。これは自分の予測だが、この二人は寝相が悪そうだ。朝になって、頭と足の位置が逆になっていたらどうしよう。ふ、と湧いてきた笑いを堪えきれず、思わず微笑した。

 それにしても、人間の子供は斯様に可愛らしいものだったのか。松寿丸や弁丸を頭の中に浮かべながら、また微笑。笑顔が何より一番、と思っていたが寝顔というのも良い。よしよし、と頭を撫でたくなった。自分の頬が緩むのを感じながら、宗兵衛の茶色い髪を優しい手つきで撫でてやる。そして後ろにも、子供のような鴉天狗が一人。こっそり振り返ってみると、なんだか少し寂しそうに見えなくもない大きな背中と、そこから生える折りたたまれた黒い翼が見えて。彼女が政宗の方に向き直ってみれば、その気配を感じたのか、寝ていると思っていた彼の肩が僅かに揺れる。ほう。は、自分の口が弧を描くのを感じた。政宗、もう寝てしまったか、とその背中に問うてみる。返事は無い。どうやら、狸寝入りを決め込むつもりらしい。ほほう。ますます、彼女は口角が上がりそうになるのを耐え、いかにも演技交じりに目を伏せた。

「私は、お前が疲れてはいないだろうかと心配で・・・怒らせてしまったか・・?」
「!」

 一瞬、政宗の周りの空気が固まり、彼が息を呑んだように空気が伝えた。追い討ちといわんばかりに出来るだけ哀しげな声で「政宗・・・」と呟くようにしてその背中に言えば、遂に耐えかねてかの目の前に政宗の仏頂面がお目見えする。やはり狸寝入りか、と勝ち誇ったような笑みを浮かべながら言った彼女に、政宗はばつが悪そうに視線を逸らしつつ、お前のそれも演技だろうが、と返した。演技、とそれはおそらく今のだろう。まあ結局、その演技に心を揺れ動かされたのは彼自身なのだが。
 自身、政宗が何故不機嫌なのかは、薄々察してはいた。そして、たとえ不満でも自分に付いて来てくれるのだろう、ということも。彼が気に入らないことを分かっている上で付き合わさせている自分は、なんとも狐らしいと言えば、狐らしい。捻くれている、とも言うが。

「政宗・・・そなたは、何故不満なんだ?」
「・・最近、人間と関わり過ぎてる。人間なんて、俺らを残してさっさと死んじまうだけだ。置いて逝かれるんだぞ」
「今宵のそなたはよく怒るな。しばらく小十郎に会ってないからか?ほーむしっくとやらか?」
「っ・・・あの子供が、大人になってお前を・・」
「"お前を"?」

 聞き返したに、頬を紅潮させるとまた再び彼女に背を向け、今度は何を言われても目を閉じたまま反応しなかった政宗。今、自分は何を言おうとした?――瞼の奥で、政宗は自分の体がどうしようもなく火照っているのを感じ、それが目の前の彼女に気付かれやしないかと動揺した。ただ、あの子供、松寿丸。今は単なる子供にすぎないが、が攫いに行くと言っていた十二年後といえば、二十歳。十分な大人だろう。それで自分は。――彼女が人間に好かれるのが癇に障る。そう結論付けたら、余計に熱が上がっていくような気がした。

恐ろしくも愛おしい、想い

あまりにも、彼女への感情は

100404