「天狗の兄さん!あとどれ位で俺の町には着けそうかな?」
「I don't know. 俺に聞くな。この辺の地理には詳しくねえ」
「何を言ってるんだ。町には行かんぞ。鬼ヶ島が先だ」
「「は!?」」

 何を当たり前のことを、というような表情をしながら堂々と言い切ったに、政宗と宗兵衛の言葉は重なった。思わず彼女を振り返り、それってどういうことだと説明を求めた二人。そして当の彼女曰く、散々道に迷った末にやっと見覚えのある―つまり鬼ヶ島へと繋がる道に出たのだとか。ちなみに、あの薄暗い森からは既に脱出済みである。今は、海沿いの港町を(と政宗は町民の姿をして)のんびりと歩いたり、店を覘いたりしていた。しかし、まさか鬼ヶ島に連れて行かれるとは、宗兵衛にとってはとんだ迷惑である。それでも強く拒否したりせず、むしろ「折角だし付いて行かせてもらおうかな」などと言ってのける彼には感服だ。

 港町というだけはあって、市場には見たことも無い位に大きかったり色鮮やかな魚介類が所狭しと並んでいる。また、それらの商品を少しでも多く売ろうと威勢の良い客寄せの声を上げる漁師達は、一日に長時間にわたり船上で肌が日に曝され続けるため小麦色に焼けていた。妖怪であるや政宗達は、単なる仮の物でしかない人の姿は肌が焼けることも無いので、それが少し羨ましかったりする。一度、日焼けに挑戦してみたことのあった政宗だが、無論失敗したので自分だけの良い思い出である。
 そして町外れにある船着場に行くと、丁度漁に出るのかもしくは帰って来た所なのか、漁師と思しき者が一人居た。すると、徐にが近付いて行き、話し掛けた。

「すみません。実は、舟を一つ借りたいのですが・・数日中にお返し致しますので、宜しいでしょうか?」
「俺はこれしかねえから駄目だが、あいつなら二つ三つ持ってるからいいはずだぜ。おおい!この別嬪さんが、舟一つ貸してくれねえかってよ!!」
「Thank you. 恩に着るぜ、おっさん」
「・・・しかし、あんたら何をするつもりだ?・・・・!まさか、あの離島に行くつもりじゃ!?おいおい止めとけって、お前さんみてえなひょろい女、鬼に食われちまうぜ」
「ふふ・・まさか。そのお隣の島に、祖母と祖父が住んでいるのです」

 口元に手を当て優雅に笑うは、葉月という暑中にも関わらずとても涼しげで、様になっていた。勿論、嘘など吐いているようには決して見えない。漁師の言った「離島」こそ、彼らの目的である元親の住む鬼ヶ島だ。の言った「お隣の島」もあることにはあるが、祖母や祖父なんて存在しない。しかしそれを聞いた漁師はと言うと、優しい孫だねえ、やら、そのお二人に宜しく伝えといてくれ、など終始感心しきりだった。そんな人の善い漁師達に、宗兵衛の良心が痛まなかったといえば嘘になる。なんだか、少し悪い気がした。
 間もなく、別の漁師がわざわざ達のいる所まで貸してくれると言う舟を漕いで来てくれ、三人は温かい彼らに感謝しつつその舟に乗り込むと、港を発った。ちなみに、櫂を漕ぐ役割は政宗である。そう離れていなかったので、時間はあまりかからなかった。が、やはり何もする事の無いと宗兵衛は、水面に触れたり夢吉と遊んだりして暇を潰した。水は澄んでいて、瑠璃色のそれはまるで宝石のようだと言っても過言ではないだろう。ほどよく冷たく、暑さに火照った体を冷ますには丁度良い。途中、宗兵衛がその水を政宗にかけて睨まれていたのは子どものようでから見れば微笑ましかった。そして気が付けば、やっと長かった鬼ヶ島への道のりは終わっていて。
 櫂を漕ぐことに渋々といった様子ではあったが、何だかんだで鬼ヶ島に到着した時「全く疲れていない」と言っていた政宗は、流石、と言ったところか。そこで突然、先に舟から降りていたが政宗達に視線を移し、さて、とその後に言葉を続けた。

「元親に、ちょっとした悪戯をしようと思う」

熱冷めぬ指先で水面に触れる

ひんやりと、指先から染まる

100412//次話、やっと元親を出せるのが嬉しい