「アニ、キ・・・俺達じゃ、敵わないみたいです・・すんません」
「あんたに付いて来て、正解だったぜ・・・」
「Ha!! 脆いな。・・・此処を抜ければ元親の部屋か・・」

 相変わらず木片で妖怪達を蹴散らしていた政宗は、呟くと一つの戸に目を向けた。その奥に構えているであろう旧友は、怒りを抑え切れずにいるらしく、禍々しい妖気が政宗の立つ場所まで漏れてきている。愛情深い人物なので、倒れていく部下に胸が痛むのだろう。毎度死別の言葉のようなものを言って倒れていっている彼の部下達だが、実の所ただ気絶しているに過ぎないのだが。
 政宗は、目の前のその戸を乱暴に開け放った。やはり中には元親と、彼の部下が数名。顔を隠す面の奥で、政宗は楽しそうに口角を上げた。普段は人の良い笑顔しか自分たちに見せない元親から、ここまで怒り狂った表情を向けられるのは果たして何十年振りだろうか。もしかすると最後に見たのは、二人の徒党同士が未だ敵対していた頃になるかもしれない。
 「何者だ」と、元親の口から地を這うような声音の言葉が発せられた。政宗は、咄嗟に本名を名乗りそうになったが、咽喉辺りで思い留まる。そういえば、から与えられたふざけた偽名があったのだと、政宗は内心口元が引きつった。

「キジのタマ、推して参る」
「・・いや、お前その翼どう見ても鴉天狗だろ」
「邪魔するよ、ってね!この俺が、桃太郎、こいつが猿の夢吉だ!」

 一瞬、殺気が削がれた様な間の抜けた表情をしながらも矛盾点を指摘した元親。すると時機を見たかのように宗兵衛と夢吉が部屋に入って来た。にっこりと笑顔を受かべる桃太郎もとい宗兵衛。人間の子供の登場に、元親は益々困惑したようだった。







「じゃあ、あの隻眼の旦那と迷子の三人で此処まで?」
「まあな。久しぶりの長旅は疲れたが、中々良かった」
「へえ」
「お前もたまには羽根を伸ばしたほうがいいぞ」

 一方の達はと言うと、のんびりと談笑しながら元親の部屋へと続く通路を歩いていた。あの二人が散々暴れていった後だったため、動く事が出来て尚且つ達に掛かってくる妖怪などは既に居なかった。
 政宗と宗兵衛達がとうに元親の元へと辿り着いているとは露知らず、は佐助に言われた言葉に思わず薄く笑う。それを見、佐助は終始人懐っこい笑みを浮かべ続けていた。そんな彼の整った横顔を、は一変笑みを消し目を細めて盗み見る。彼女には、彼のその貼り付けられた様な笑みが胡散臭く感じられ、正直あまりいい気がしない。作り笑いではなく、本当の笑顔を何時か見てみたいと、少しだけ感じられた。(張り付いてしまった理由には、触れる気は無いが)
 の視線に気付いた佐助が、彼女の方にまた微笑みかける。

「?俺様ってそんな見つめたくなる様な良い男ですか?やっだなー照れる!」
「ふふっ・・そなた、人を笑わせるのは上手いのだな」
「えへへ!ありがとー」
「・・そなたは、本に良い男だ・・・さぞ笑顔は大層なものだろう」

 目を伏せ、言い聞かせるように優しく呟いた。さり気無く彼女から言われたそんな言葉に佐助は目を見開くと頬を朱に染め、返す言葉を詰まらせた。は、確信犯なのかそれとも天然なのか。それは当の本人であるにしか知り得ない。

「さて、佐助。そなたはただの偵察だろう?このまま私と居たら悪目立ちしてしまうぞ。元親の所へ乗り込むつもりだからな」
「え?あ、いいよ別に。別にばれても然程問題じゃないし。心配だし、送っていきますよ」
「そうか。それは心強い」

 ――もう少しだけ。
 佐助は、と一緒に居たいと思った。興味が湧いてきた、とでも言うのだろうか。あの隻眼の青年が、何故彼女と共に行動しているかも今なら少しだけ理解出来そうだ。佐助が思うに、彼女は大凡妖怪らしくない感情を持っている。勿論、彼女から香る血の臭いは余程濃いものであるし、瞳に宿る光は氷付けにされてしまいそうな程だ。しかしふとした時に見せる微笑だとか、言葉は若干の温かみを帯びている。
 自分の予想では、何処ぞの人間にでも影響されたのではないか、と思っている。そういえば先日、人に化けてまでとある人物の式典に参加していた。「松寿丸」。彼が、関係しているのだろうか。

さんって、主の居ない妖怪らしくないよね」
「うん?つまり野良の匂いがしないと?」
「はは。いや、そういうわけじゃないんだけど」
「そなたはあの時の童か、それとも和尚とやらか。どちらに手懐けられた?」

 遠慮なく問うてきたに、佐助は思わず苦笑を漏らした。彼女は相変わらず笑みを浮かべていたが、「手懐けられた」かと問う時の声色は心なしか少し低い気がする。怒っている訳では無いようだが、彼女は丸くなったとはいえやはり妖怪である以上、人間に尾を振った自分を快く思うことは出来ないのだろうか。人間のことを悪く思っているようでは無さそうだったが、それは単に先程言っていた借りがあるからなのだろうかと。そう思った瞬間、すうっと胸の奥が冷めた気がした。世の妖怪達は、人間と契約した同種を良く思わない。しかし彼女はきっとそいつ等と違うと、自分は買い被り過ぎていたようだ。
 所詮、もそうだったのか。内心呟くと、少し寂しい、ような気がした。

さんはさ、借りがあるから仕方が無く人間と仲良くしてるの?・・・人に尾を振った俺様を、良く思えない?」
「・・・・・失敬な。私は、一人の童に心を奪われた。だから人と契約しているお前が気になった。それだけだ」
「そう、ですか・・・」
「・・佐助、私は人に頭を垂れた妖を悪く思っていないぞ。なんせ、私も似たようなものだから」

 「そなたの面は案外容易く崩れるのだな」と少し悪戯っぽく微笑み、は佐助の頬に手を添える。彼女の手はとても冷たかったが、触れられた箇所は何故か熱を持っていた。

拒絶を拒む

本当は寂しかったのかもしれない

100502//何か途中からずれた。今回は佐助寄りでしたね