ふわふわ、ふわり。大きな木の枝の先に着いていたつぼみが徐々に開花していき、淡い朱を帯びた桜の花を咲かせた。は、その桜の木の根元に凭れ掛かり、ただ静かに瞳を閉じている。隣に並ぶ同種の木は、まだつぼみのままだ。
 ひらひら、ひらり。の凭れ掛かっている木のその桜の花が、一枚、また一枚とその花弁を散らし始めた。は、ゆっくりと瞳を開く。そして顔を持ち上げ、桜のその満開の様を目に映した。花弁が何枚か、の赤い着物と黒髪に舞い落ちる。たまたま耳に載った一片を、は自身の白く透き通った人差し指と親指で摘まむと、それに、ふっ、と息を吹きかけた。花弁は彼女の作った風に乗り、くるくると上下左右踊った。そして地面に降りると、役目を終えたかのようにその身を枯らした。
 桜は、まるでを彩るように何時までも薄桃色の花弁を散らし続けた。しかしやがてその散らす花が尽きてしまい、桜は寂しそうに枯れ木の様を晒した。しかし隣に並ぶ同種の木は、先程から何も姿を違えていない。まるで、の凭れた木だけが春を過ぎて冬を迎えたかのようであった。

「『もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし』」
「全大僧生行尊だったか?俺から言えば、『花よりは命をぞなお惜しむべき 待ちつくべしと思ひやはせし』ってのがお前に似合いだと思うがな」
「ほう。政宗、それなりに知っているのだな」
「Kind of. 一応、人間のものには全部興味ある」まあな

 彼女の妖気のお蔭で、すっかり寒々しい姿になった一本の桜の木を、政宗は少々気の毒そうに見た。は、その場から優雅な動作でゆっくり立ち上がり、二、三歩歩く。すると彼女の着物に載っていた花弁が地に舞い落ちた。彼女が歩くたびに、花弁が舞う。ふと政宗は、見とれそうになったのを抑えつつ、平静を装いながら「行くのか」と意味深な言い方で問うた。
 「無論」と、返ってきた返事はたった一言であった。そこでは一旦目を伏せると、「既に十二年の歳月は経った」と続ける。彼女の瞳には、何も映っていない。政宗は、一瞬背筋を奔った悪寒にぞっとした。彼女のそれは、獲物を欲する獣の飢えたもののようにも、引き離された我が子と再会する母の温かいもののようにも見える。

「二十か・・さて、彼奴はどのような男になっているのだろうな。私をどれ程楽しませてくれるか、楽しみだ」

 の口元が、弧を描いた。

「・・・・
「?如何した、政宗」

 無意識のうちに自分の口から漏れたの名に、政宗は、はっとすると彼女から顔を背けた。――が、あの人間のことを言うから。それが何故だか気に食わなくて、それ以上言って欲しくなくて。思わず彼女の名前を言うことで自分の方を向いて欲しかった。
 自身でも、自分がよく分からず、表情を歪めてみせる政宗に、は困ったように笑うと、彼に近付いた。そんな彼女の行動が分からず、政宗は余計に眉を顰めた。彼は意識してのことではないのだが、それのお蔭で眼光が鋭くなり、まるで不機嫌になっているかのようである。
 は、政宗の襟を掴んで自身の高さに合わせて引き寄せると、右目の眼帯に口付けをした。瞬時に、政宗は目を見開くと頬を赤くした。言葉を失う彼に、ふふ、とは悪戯っぽく笑うと、歩みを始めながら言った。

「私から三尺三寸以上離れれば、今かけた呪符で其方は消えることになるからな」
「なっ」

 政宗は、慌てて彼女の後を追いかけた。

右目に落ちる

彼女の口付け

100701//そんなこんなで、成人編始まります。閑話編も同時進行でもう少し続けるつもりです