ある晴れた昼下がり、毛利家敷地内にある離れ。は、彼女の特等席である縁側で寝そべりながら、美しい毛皮に覆われた自身の尾の毛繕いをしていた。墨のように流れる彼女の髪と同色のそれは、尾の先の方にゆくほど段々色が薄くなっている。は尾を弄るのに飽きたのか、今度は己の耳を引っ張ったり指先で撫でてみたり。
 彼女自身の意思とは関係なく動き続けていたその耳は、ここ最近で聞き慣れた人物の足音が近付いてくるのを捉えた。


「何用だ、元就」
「・・・貴様がこの前言っていた店の油揚げだ。受け取れ」
「ほう、それは本当か!成程、どうりで其方から良い匂いがすると・・」

 元就は、上半身を起こしたの隣に座ると、皿に載った数枚の油揚げを彼女の前に置いた。先程まで退屈そうに欠伸を漏らしていたは表情を一転、隠しきれない嬉しさを九本の尾で全力に表現している。
 くんくんと鼻を皿の上の油揚げに近付けると、一度元就ににっこりと微笑みを向け、はそれにかぶり付いた。見た目は妙齢の女子なだけあって、その光景はなんとも可笑しい。しかしそれに慣れてしまった元就は、せめて直接食らい付くのは止めさせねばと呆れ返った。(無論、侍女達が出すようなちゃんとした料理は「人間らしく」食べている)

「I obstruct! 、土産はビーフだ!」邪魔すんぜ!
「!き、貴様っ何処から盗んで来た!?」
「Ah~? くれって頼んだら素直にくれたぞ?今川のおっさん」
「そうか。今川には今度、新しい牛車を贈らねばな」
「・・・それは、我に贈れと言っているのか?」

 口の端を引きつらせながら、問うと言うよりは確認するように言った元就。当の妖怪二匹はと言うと、片方はとても意地の悪い笑みを浮かべ、もう片方は何を今更と言わんばかりに微笑む。牛車など、軽い気持ちで買って良い値段ではないのに。はあ、と元就は深く溜息を吐いた。
 向かいの屋根の上にいた政宗は達の目の前に降り立つと、担いでいた牛を地面に下ろした。その牛の方へと近付いていくは、美味しそうだと率直な感想を述べる。そこで元就はふと思った。まさか、油揚げの時のように野生的な食べ方では。想像して、自然と冷や汗が背筋を伝うような気が。

「牛・・・政宗、人間の料理法にはどのようなものがあるんだ?」
「そうだな・・ビーフステーキとか、ビーフシチュー・・・・」
「・・・・・生じゃないのか」
「ふっ・・私をただの獣と同じように思うんじゃない。人語の分かる妖ともなれば、生には飽きている」
「油揚げに食らい付いている様は、どう見てもただの獣そのものだったぞ」

 元就の言葉に、は「そうだったか?」と微笑むが、恥じるような素振りは全く見せない。実際、恥じていないだけなのだろうが。
 ふと、政宗がおもむろに牛を引き摺ると元就の座る目前に置いた。「何のつもりだ」と眉を顰めてみせた元就に、政宗はそれはそれは愉快そうに笑った後、挑発的に口角を持ち上げる。

「仮にも陰陽師なら、火ぐらい熾せるだろ?」
「何故我がそのようなことを」
「いいじゃねえかよ。HA! もしかして出来ないのか?」
「・・・何?我には出来ない、だと?ならばその片目で我が炎をしかと見るがいい!」

 政宗の言葉にぴくりと眉を動かすと、元就はどこからか采配を取り出し「焼け焦げよ!」と叫んで業火を熾して牛を丸焼きにした。唐突のことで反応の遅れた政宗は、危うく一緒に焼かれるところだったと背筋に冷や汗。これから軽口は慎重にしよう、と政宗は心の中で決めた。

 政宗曰くビーフステーキ(どう見てもただの牛の丸焼き)を、矢張りと言うか達はあの野生的な食べ方で平らげた。流石に牛一頭を食べている二人の様はとても直視出来るようなものではなかったため、元就はその間彼らから視線を逸らしていた。

「っはあー美味かったぜ。また今度貰ってくるか・・」
「ああそうだな」
「そのようなこと、我が許すわけなかろう」

好物の美味しい食べ方

妖怪でも、つい昔の本能が出る瞬間

100522//野生的なヒロインと政宗