しとしと。
 神社の境内の天井には、ぽっかりと穴が開いていて、そこから大粒の雫が天から降ってきた。どうやら今日は、雨らしい。私は、己の九本の尾に身体を埋(うず)めて、瞳を閉じていた。「!」 確かに聞こえた松寿丸の声に思わず目を開き、上半身を起こす。だがしかし。私はまた丸まった。なんだ、ただの気のせいか。長い時を過ごしているうちに色が薄くなっていた毛並みに目を落とし、ふう、と息を吐く。私は今、人に化けていなかった。

(雨の日は、来ないのだろうか)

 正直、こんな鬱陶しい雨天に一人でなんて言いようの無いくらいつまらない。政宗――鴉天狗で、妖怪達の徒党の首領なんかをやっている――なんかが来てくれれば話は別だ。でもきっと、

「雨は翼が濡れるから外に出たくねえ」

 とか言って来る事は無いだろう。なんて我侭な奴なんだ、と悪態を吐く。欠伸は、くあ、と堪えられることなく口から漏れた。腕(この場合は前足が正しいのだろうか)に顎を載せ、もう一度瞳を閉じる。すると当然ながら瞼の裏は暗闇で、それに合わさって聞こえる雨音。これもなかなか風流ではないか、と特にすることも無いので一人思案に暮れる。くしゅん。子供のくしゃみが何処からか聞こえてきた。
 次いで、、と、寒さに震える声が外から自分の耳へと伝わる。

「居るのだろう・・・早く出て来い」

 耳が、自然と声のするほうへと向いた。身体を起こす。のそり、と、ゆっくり声のするほうへと歩いていく。ああ、なんだ来ていたのか。その声は、いつもの張り詰めたような雰囲気とは少し違う、弱々しい声音だった。

・・・居ない、のか?」

 壊れた賽銭箱の前に、ここ最近で見慣れた子どもがいた。赤い番傘を差し、いつもの上等な着物を着ている。しかし、着物の上には薄い羽織一枚だけで。成程、聞こえてきたくしゃみに納得がいった。戸の隙間から様子を見ていた私は、のんびりとした動作でその戸を開くと、一歩外へと歩む。勿論、彼に見せる姿は優しい微笑みを浮かべた女だ。

「松寿丸、雨の日であろうとそなたは来るのだな」
「い、居るのなら居ると早く言え!」
「ふふ・・・中へ入りなさい。この神社が雨避けになるかは知らんが」
「・・・ああ」

 中へ入れ、己の尾を枕と布団代わりにしてやれば、余程温かいのか、もしくは外が寒かったのだろうか。松寿丸は横になって二十分ほど経つと、うとうとし始めた。が、まだ寝てしまいたくないらしく、睡魔と戦っているようで。その必死な様子は、私を笑わせるのに十分だった。くつくつと喉の奥で堪えるように笑ってやれば、松寿丸は、やはりというか、不満そうにこちらを見つめる。拗ねて、私とは反対の方向を向いてしまった。

「悪いことをした。謝るから、手前にその端麗な顔を見せておくれ」
「・・・・・・は、」



「貴様は、母君によく似ておる。初めて会った時、甦りでもしたのかと、心底驚いた。だが、しかし、よく見れば似ても似つかぬな。母君は、貴様のような妖しい笑みは、しなかった」

 言うだけ言うと、糸がぷつりと切れたかのように、松寿丸は目を閉じ、そして眠った。勝手に言って、勝手に眠ってしまったこの子に対し、少し、笑う。母、か。「甦りでもしたのかと」と言っているのだから、既に死んでしまっているのだろう。話を聞く限りでは兄が一人居るようだが、あまり家に居ないようだし。
 寂しさを紛らわせる為、此処に来るのだろうか。気のせいか、胸がちくりと痛んだように思われて。それは同情か、哀れみなのか。(まあどちらにせよ、同じようなものだが)
 さらさらと、流れる松寿丸の髪に触れ、撫でる。いつも眉間に皺を寄せている様は、幾分か大人びて彼を見せるが、その皺がないこの寝顔は、歳相応のもので。

「・・・母、上・・・」
「!」

 頬を伝う涙に、とうの昔に忘れたとばかり思っていた感情が、己の中で見え隠れして。ああ、お前はなんと愛らしい・・・――そう心が叫ぶ。しかしそれに伴い、罪悪感も生まれて。私はこの人間に、自分は神だと偽って接しているのだと。
 それは自分に、こう言い聞かせるように騒ぐのだ。

「私は、そうだ・・・あやかし、なのだったな」

 九つの尾を持つ、妖弧。
 この子への愛情など、単なる一時の遊びのための感情に過ぎぬのだ。胸の奥に、何かが突き刺さる。それはあまりに痛過ぎる傷口をつくって、そこへ延々と感情の波が押し寄せる。ああ、出来ることなら大妖怪としてではなく、ただの無力で非力な人間に生まれ、そして出会いたかった。そう、嘆願する己がいたのもまた事実で。

雨による熱情消火

ざあざあと、雨は激しく降り始めた

( 091217 筆頭を出す予定だったけど後回し )