「お嬢さん、どうだい?入荷したばかりの品があるよ!」
「甘いお菓子がありますよ。一服していったらどうですか?」
数々の店から、客を呼び込む声が聞こえる。例外ではなく、声を掛けられたは、隣の政宗に顔を向けた。
「ふむ・・政宗、寄って行くか?」
「あのなあ・・時間無えんだぞ?んな暇あるか」
呆れながら言った政宗に、つまらん、とは少し拗ねたように悪態を吐いた。松寿丸はというと落ち着かない様子で、先程から視線が上下左右あちこちを行き来している。政宗とのやり取りは、耳に入ってきていないようだ。
今、達が歩いているのは数多くの店が立ち並ぶ商店街で、今の時間帯は活気に溢れていた。店から掛かる誘いの声に、毎回、は寄って行こうと言うのだが、勿論そんな時間はあるわけ無い。は渋々といった感じで諦めるが、興味深そうに見るのを止めることはしない。
ふと、松寿丸が、あと少しだ、と少し声を高くし言うと走り出した。突然の行動に、達は僅かに目を瞬くと、慌てて追いかけた。
「――っと。たく・・いきなり走んじゃね、え・・・よ」
立ち止まった元就に、追い着いた政宗は少し文句を言おうと口を開いたが、そのまま口を閉じることなく、ただ、唖然とした。少ししてから、のんびりと歩いてきたも、政宗が見つめるものに目を向けると、ほう、と歓喜の声を漏らす。
――三人の目の前に広がるのは、視界一杯が埋め尽くされるほどの大きな建築物。門だけでも立派なものなのに、その奥に見える屋敷は、の住んでいる(というより憑いている)廃れた神社とは比べ物にならないほど、豪華絢爛という言葉が似合うものだった。
ふとその門が開き、その中から、この神社に仕えていると思われる巫女達が此方に気付いて駆け寄ってきた。
「松寿丸様!良かった、御戻りになられて」
「式は予定通り始まります!さあ、早く中に・・・」
「あ、ああ」
「時間がありません!早く!」
口を開けては、早く中へと急かす巫女達に、分かっている、とその度返す松寿丸。ふと、その巫女の中の一人が、やっとと政宗の存在に気付いた。貴方たちは、と、少し不審げに問うた彼女には、ふわり、と花が咲くような微笑みを向ける。あまりに温かいそれに、巫女達は思わず油断した。す、と、の顔から微笑みが消え、巫女達の瞳を彼女の視線が射抜いた。
硝子細工のようなの瞳と目が合った巫女達は、一瞬、ふら、と立ち眩みを起こす。少し俯き、遠くを見るような瞳になるも、松寿丸が心配の声を掛けると、まるでからくりが再度動き出すかのように、はっとすると、先程と同じ言葉を同じ調子で話し始めた(時間がない、だとか、早く、とかだ)
松寿丸は目を見開くと、おそらくこの状態の元凶であろうを振り返った。何をした、と、そう問おうとしたが、それよりも、巫女達が声を掛けるほうが早かった。
「お久しぶりです、様、政宗様」
「すみませんが、客間でお待ち下さい」
「ああ。失礼させて頂こう」
「・・そんなのは、あんま好きじゃないが・・・言ってられねえか」
そんなの――妖術で、人を騙すことは。政宗は、心の中で、そっと誰にも聞こえぬように呟いた。可哀想に、この巫女達はの邪気にあてられたのだろう。
あまりしてほしくもない。それも、たかが人間の小童のために。政宗は、の横顔を盗み見ると、少し、眉間に皺を寄せた。
水底で息絶えてしまえ
そしていつまでも自分を苦しめて
( 100211 )