通された客間で、政宗とは、とりあえず束の間の安堵の溜息を漏らした。松寿丸は、別の部屋で着替えている事だろう。は、自身の頭を手で触ると、耳や尾がないというのは慣れない、と呟いた。政宗はそれに同意したように相槌を打つと、黒い翼を頭の隅に思い浮かべながら、不思議なものだと続ける。 そういえば。ふと、気になって。政宗は、今自分達はどんな設定なのか――先刻の巫女達は、どんな理由で自分達を通したのかと問うた。その質問に、待っていたと言わんばかりにが満足気な笑みを浮かべると、それはだな、と続けようとした、その時。
 障子の紙を突き破って、一匹の小猿がこの部屋に飛び込んできた。

「政宗・・何だこの可愛らしい生物は・・・・?ふむ、小妖怪か・・」
「それに、どっかの人間と契約済みらしいな。ご丁寧に、markingしてあるぜ」
「まーきんぐ・・ああ、この首に巻かれた注連縄のことか?・・しかしよく出来ている」

 くすぐったそうにしている小猿の、首に巻かれた注連縄にいたく感心しながら、しかし何故此処にと首を傾げる二人。どうやら、今の二人は既に小猿で頭が一杯なようで、先程の政宗が問うた事はどうでもいいらしかった。喉を優しく撫でてやると、気持ち良さそうに目を細める小猿。しばし二人は、此処が神社と言う危険と隣り合わせである場所と言うのを忘れ、ほう、と心地の良い溜息を漏らした。
 ふと、先程穴が開いた障子のその向こうの廊下で、誰かと誰かが走るような音が徐々に此方に近付いてきていることに気付いて。初めのうちは、たたた、とそれは微かで小さな可愛らしいものだったのだが、近付くにつれ眉間に皺を寄せたくなるような音になっていった。何事だ、と安らいでいたのに邪魔をされた二人が障子の方へと目を向けると、丁度それが勢いよく開く。そこに居たのは、年の頃五つほどの無邪気な子供と、困ったような顔をしたそれの御付きの者らしい青年だった。
 子供は、と政宗の間にちょこんと座った小猿を瞳に映すと、おお!と安心と感激したような声を出し、続けた。

「夢吉殿、此処に居られたのか!佐助!隠れん坊は某が勝ったぞ!」
「はいはい、見てましたよっと・・・ごめんなさいね、巻き込んじゃって」
「随分と元気なガキだな。ちゃんと躾けとけよ」
「いやなに、私達も夢吉殿には癒されておったゆえ、問題は無い」

 それにしても、夢吉というのか。小猿に視線を落とすと、その小さなどんぐり眼と視線が交わって。やはり癒される、とはゆるりと口元を緩めて微笑んだ。それに、佐助というらしい身形のきちんとした青年は、それなら良かったと苦笑を漏らした。
 夢吉のその小さな体を抱き上げると、政宗は、あんたらのなのかと聞いた。すると、子供――弁丸はすぐにそうだと肯定しようとしたのだが、佐助は、違うでしょ、とまた苦笑する。どうやら、知り合いと契約している妖怪らしいのだが、式が始まるまでの時間が暇だった弁丸の遊び相手になってもらっていたらしい。始まるのはまだ大分先なのか、と政宗が続けて質問すると、いや、と否定の言葉が返ってくる。

「何でも、ついさっき松寿丸様が帰って来られたそうですよ」
「お前達は、その松寿丸・・様とは如何様な繋がりが?」
「俺らですか?まあ、うちの和尚と此処の神主が仲良くって・・同年代の松寿丸様と、この弁丸様は幼馴染なんですよ。ちなみに、あんたらは?」
「ん?ああ・・」

 そういえば、さっき政宗に聞かれたことの答えにもなる。政宗もまた、夢吉と弁丸の相手をしながら耳を傾けた。

「名乗るほどの者ではないが。私は、山奥の廃れた神社の宮司、という。此方は、権宮司の政宗」

 俺のほうが格下かよ、と政宗は心内で呟いた。

人間様ごっこ

耳を隠して尾を消したって、そもそも足りないものがあるでしょうに

(100226)