「・・・ん・・くう・・・」
「・・おい起きろ
「んん?千鶴、ちゃん?」

 頭から被っていた掛け布団の隙間から自身を起こしに来た人物の顔を窺った。とはいえいつも起こしに来る人物は自分の小姓である一人だけので確認程度である。が、しかし、起こしに来たのはその限られた人物ではなくて。その顔を視界に入れると「っ土方!」と思わず叫んで驚いてしまった。そして素早く掛け布団をもう一度被り直すと、布団を巻き込んで丸まる。ぎゅっときつく目を閉じた。
 よく考えてみれば、自分の事を「」と呼び捨てする人物など限られているではないか。布団の中で、今更ながらも深く考えなかった自分を恥じる。思いっ切り呆けた声で「千鶴ちゃん?」と間抜けな問いをしてしまった。しかも鬼の副長相手に、だ。

「てめっ!俺の顔見て呼び捨てした上に布団に潜り込むたあどういうつもりだ!起きろ阿呆!」
「・・・・やだよー!」
「今何時だと思ってんだ!ああ!?朝飯食うんだ、早くしろ馬鹿!」
「さっきから『阿呆』とか『馬鹿』とか多すぎ!」

 べりっと効果音が付きそうな勢いで掛け布団を剥がされ、体がまだ寒さの残る空気に触れた。肌を突き刺すような冷たさに身震いすると「布団返せ!」と寝転がったまま、布団を取り上げ仁王立ちしている土方さんを見上げた。二月の冷気に、寝間着一つは辛い。しばらく反抗的な態度を露にしていると、土方さんは眉を顰め「いい加減にしろ!!」と一喝した。
 「ここ数日のお前の言動は目に余る!」 彼は手に持っていた掛け布団を部屋の隅に放り投げ、そう言うと一層目つきを険しくして此方を睨んだ。その表情は般若顔負けといった風で、眼光が恐ろしく鋭い。そして地を這うような低い声音で「勘違いするな、山南さんを気に病んでるのはてめえ一人だけじゃねえ!!」 と続けると苦しげな表情で口を閉じた。
 しん、と室内が静けさに包まれる。は暫く俯き加減で黙っていたが、やがて聞き取れるか取れないか位の声で何かを口にした。土方は眉間に皺を寄せる。はゆらりと立ち上がり、普段出さないような冷たく悲しげな声色で復唱した。

「ボクが悪いんだ。ボクが、這い上がろうとした山南さんを蹴落とした」

 ――あの日、を探しに来た所為で隊士達の話し声を聞いてしまった山南。隊士達の言葉に、「そんなことない」と自分が即座に否定していればと、は何度も悔いていた。黙りこくった自分に、彼はどう思っただろうか。きっと、「剣を失った自分の居場所は新選組に無いのではないか」と思ったに違いない。
 「その証拠に、あの人はボクを含めた全ての人を軽蔑の目で見てる」 そう呟くと、の唇が、肩が震えだした。指先の感覚が失われていく。何時の間にか、障子の隙間から覗く外には白い霜雪が降りていた。自分が震えているのは、果たして本当に寒いから? 分からなくて、は変色した指と指を絡ませた。
 ここ最近、は頭の中の過半数を自責の念に侵されていた。ずっと自分の神経は図太いと思っていたのにそれは間違っていたらしくて、どうしていいのか分からなかった。まるで欠陥のあるカラクリ人形のようだと自嘲した。誰かにどうにかしてほしいのに、にはそうして欲しいと言うための言い方も、どんなものなのか分からなかった。

「あの時の山南さんは、ちゃんと前を向いてたのに」
「・・・・・・」
「それにボク、大阪出張から帰って来たあの人に避けられてるって分かって、怖くて、自分からは一度も会いに行こうとしなかった。千鶴ちゃんと違って」

 彼女は、自分から「山南さんのお食事を運ばせて下さい」と言っていた。山南さんが(少しの間だったとはいえ)前を向いていたのは、少なからず彼女のお陰なのだろう。どんなにきつい言葉を浴びせられても、彼女は諦めなかった。むしろ、のことまで「最近調子が優れないようですが、どこか悪いのですか」と何度も気に掛ける節があるほどだった。きっと自分の事で精一杯であるはずなのに、だ。

「いい子だよねえ、千鶴ちゃんはさあ」

 妬み、とでも言おうか。そんな汚い感情が自分の中で微かに顔を出した気がして、は顔を歪めると自己嫌悪した。

「・・・・、こっち来い」
「何?慰めてくれるの?っふ、似合わないよ」
「来い」

 土方はの腕を掴むと、少し自分の方に引き寄せた。そして手を乱暴にの頭に乗せる。不審げにが土方の顔を見上げると、そこには眉間に皺を寄せたいつもの鬼の副長の顔があった。「てめえは物事を悲観視し過ぎている」 少し咎めるように言った彼に、はますます眉を寄せた。

「全部自分の所為、っつう的外れな考えは止めろ」
「・・・・・」
「責任なら、大阪出張で山南さんと一緒に居ながら何も出来なかった俺がとる」
「・・じゃあ、」

 そこで一呼吸置いたは、自分の頭に乗る土方の手をそっと両の手の平で包み込むと、彼に表情を見られないよう俯いた。体温の差は然程無い。もう一度口を開くと、は言葉を続けた。
 君とボクとで半分こ、だ。
 その声音は切なそうでもあったが嬉しげで、更に表情が見えないために土方にはの心の内が読めなかった。





羨望感情と隠れ鬼
表裏一体?裏表別離?





(100816 更新自体が久しぶり。でもその間に沢山メール貰えて嬉しいというか申し訳ないというか)