何を、考えているんだろう。
 それが、私、雪村千鶴による、さんへの第一印象だった。彼は、ふざけたような表情をして広間に現れ、興味深そうに私の顔をその瞳に映し、そして、

「ほうほう、キミは"本当に"何も見てないんだね?でも確か総司くんは・・・」
「お前が隊士どもを助けてくれたって話だったぞ?」

 さんの言葉を遮り、私に問うた永倉さん。酷いよ、と拗ねたような顔を作る彼。――ほら、また。また、表情が変わった。
 彼の私に向ける笑顔は、他の人達に向けるものと似ているけれど、目が違う。密かな警戒と敵意。・・・・いや、それは彼だけではないか。少なくとも此処にいる人達は、私に明らかな敵意を持っているようだ。という人は、その敵意以外に何を考えているのか分かり辛い。笑ったり、黙ったり、拗ねたり。顔がすぐに変わる。なのに、どれもふざけ半分の、そう、まるで子供のようで。
 ふと。返す言葉無いの、と私を覗き込みながら言ったさんが、私の意識を引き戻した。

「ち、違います!私はその浪士たちから逃げていて・・・そこを真選組の方たちに助けて頂いただけ、です・・・」
「じゃ、隊士どもが浪士を切り捨てる場面は、しっかり見ちゃったわけだな」
「!」

 永倉さんの一言に、思わず黙り込んでしまう。しまった、と今更後悔しても遅い。場の空気が、凍りついたように重くなった。

「つまり、最初から最後まで、一部始終を見てたってことか」
「っ!」
「・・キミ、根が素直なんだねぇ・・・・ま、悪いコトじゃないけどサ」

 やっぱりキミ面白い、と、心底可笑しそうに笑うさん。こんな中、場違いな笑いに、どうすればいいのかと困惑してしまう。少し怒ったように、さん、と原田さんが咎めるように言うと、ごめんね、と軽く笑いながら私に謝る彼。さっき彼に言われた言葉が脳裏を過(よ)ぎった。介錯、ボクがしてあげよっかァ? と。

「私、誰にも言いません!」

 思わず、半ば叫ぶようにして言ってしまった。近くに居たさんは、突然の大声に驚いたようで、その蜜柑色の瞳を見開き、瞬かせる。
 必死の思いで言った言葉だったけれど、その震える声での主張に対し、もしも話さざるをえない状況になったら、という可能性を 山南さんや斉藤さん、沖田さんにまで指摘され、再び黙り込んでしまう。沖田さんが意地の悪い笑みを浮かべて、殺しちゃいましょうよ、と言った。私の体が、勝手に小さく震えだす。
 ふわり、と、隣のさんが、此処に来て初めて私に温かい笑みを向けた。へ、と思わず口から出た1文字。彼の手が、私の頭に載る。そのまま私の頭に、ぽんぽん、と触れると、彼は口を開いた。

「こんな面白い子殺しちゃうなんて反対ィ。てゆうか、なんでもかんでも殺しちゃおうとか駄目だってば」
の言うとおりだ。お上の民を無闇に殺して何とする」
「・・・そんな顔しないで下さいよ。今のはただの冗談ですから」

 さんに撫でられた部分が、熱を持ったように感じる。何故か熱くて、それに必然的に顔が紅潮して。それを見られたくない、と俯けば、周りの、土方さん達が話す言葉の内容に集中できず。
 火照りが治まると、藤堂さんが、私の事を逃がしてやってもいいのではないか、と言ったところだった。

「別にこいつは、アイツらが血に狂った理由を知ってるわけじゃないんだし・・」
「・・・?」

 私が頭上に疑問符を飛ばすと、土方さんが舌打ちをした。慌てて口を塞ぐ藤堂さん。あーあ、と、沖田さんが からかうように、君(勿論、私のことだ)の無罪放免が難しくなっちゃったね、と微笑む。男子たるもの、死ぬ覚悟くらいできてんだろ、と沖田さんに続く永倉さんに、原田さんも賛同したようで、自分も若い頃切腹した、と言葉を続けた。左之くんはしぶとく生きてるけどね。隣のさんが笑う。

「・・土方さん。結論も出ないし、一旦 こいつを部屋へ戻して構いませんか?」

 斉藤さんの意見に、土方さんが頷く。山南さんも、それに賛成のようで、ここには迂闊な人が多い、と永倉さん、原田さん、藤堂さんの三人を見ながら言った。それを聞いて、ホントにね、と他人事のように言うさんに対し、あなたもですよ、と溜息混じりに呟く山南さん(それを聞いて、さんは若干不満そうだ)。――なんだか、さんって実は良い人・・っぽい。少しだけ、彼に対する緊張が解れたように思えてくる。
 そういえば、と、さんが、難しい顔をしている土方さんの方を向いて言った。

「さっきも言ったけど、介錯はボクにさせてねェ」

 ・・・訂正。やっぱり、悪い人だ。





仮面の下にもう一つ
何枚重ねなのだろう、と





(091220)