雪村千鶴――新選組で、「薬」の研究をしていた蘭方医、綱道の娘(女だったという事実は、少なからず新選組の彼女への対処に影響しただろう)。数少ない綱道の手掛かりを逃すわけにはいかないと、彼女は新選組で保護することになった。だが、おそらくそれは、ただの「表向き」でしかない。そう、彼女は、「あれ」の目撃者なのだ。
 彼女が彼らを見てしまった以上、最悪で、殺すという手もあった。それに比べれば、保護(と銘打った監視)への譲歩とは、感謝される覚えはあれど、憎まれる覚えだなんてこれっぽっちもない。
 ――それにしても、だ。
 は不満げに、目を細めた。

「ええー・・あれをボクの小姓に?」
君、君は彼女の監視をするのに都合がいい・・・違いますか?」
「やだなあ・・・・ボク、面倒事嫌ーい・・」
「遊んでばっかりの奴が、んなこと言うんじゃねえ」

 ぴしゃりと言い放った土方に、ええ、と、相変わらず面倒気な表情で返す。土方は、青筋を浮かべながら、苛立ちを抑えるように口を閉じた。
 元々、千鶴は土方の小姓になる予定だった。「誰かの小姓にすればいい」、と吐き捨てるように言ったのが運の尽き。土方は、総司から千鶴を(言い方が悪いが)押し付けられた。だがしかし、土方は自分にそんな余裕は無い、と、他に誰かいないか山南と思案して。
 縁側で、昼間から酒を飲み、欠伸を隠すことなくするを目にしたのだった。

君、返事は?」
「・・分かったよー、っと。で?その小姓君は何処に?」
「てめえの部屋の隣だ。空いてただろ」
「ええ!あそこにはボクの酒があったじゃん!」 

 悲痛な叫びを上げるに、ただ一言、捨てました、と山南はぴしゃりと言い返した。それでも未だ、ぶつぶつと悪態を吐くに、土方は酷く真剣で少し低い声色をして言う。「少しでも怪しい動きをすれば、迷わず斬れ」、と。非情とも取れるその言葉は、彼が「鬼の副長」と呼ばれる所以なのだろう。
 背筋を何か冷たいものが走る感覚を覚えながら、は「勿論」と、僅かに口角を上げ微笑を浮かべつつ返す。の手に持つ御猪口の内に、波紋が広がった。二人が各の執務へと戻って行き、その場にはのみが残される。すると、は手に持つそれの中の酒を、ぐい、と飲み干した。空の中に、また注ぐ。
 くあ、と欠伸を漏らすと、その場に寝転がり、温かな日差しの中、瞳を閉じた。酒はまだ残っていたが。

「(眠いなあ・・今日は一段と)」





それじゃあ、また後で
口には出さず、呟いた





(100207)