「ゆ、雪村千鶴と申します!さん、何かすることはありませんか?」
「そうだなあーじゃあボクの隣りに座って酒を注いで!」
「はい!」

 千鶴がの小姓になったという名目で、彼女の監視が始まった。ついさっき決まったばかりの処遇とはいえ、もう反対は出来ないので、は折角だからこの状況を楽しむことにした。何より、可愛い女の子に酌をしてもらえるのは決して嫌悪感を感じるものではないし。此所はの定位置とも言える自室の前の縁側である。そして、真っ昼間だというのに寝転ぶの手には御猪口が持たれていた。緊張で震えながらも、千鶴はの頭が見える方の隣りに腰を下ろすと、近くに置かれた酒瓶を持ってが差し出している御猪口に酒を注いだ。のんびりとした手付きでそれを口に運ぶから、千鶴は視線を逸らすと目を伏せた。今朝、に言われた言葉が頭から離れないためか、どうしようもなく震えてしまう指先をきつく握り締める。
 には、やらなければならない過去の事件の報告書が溜まっていたが、ちゃんとする気は初めから毛頭ないので今現在こうしている。勿論、土方にこの姿を見つかった時には怒号が飛ぶであろうことは分かっていたが、既に慣れてしまっていたため今更怖くは無い。強いて言うなら、一週間飲酒禁止、というのは厳しいが。何分、は己も周囲も認める酒豪であった。真昼間から深夜まで飲み続けても酔わないという、あまり自慢出来ない特技も身に付いてしまっている程に。
 千鶴が、のその勢いの良い飲みっぷりに驚くというか心配をしていると、廊下に響く足音が段々と此方に近付いてきた。そして、その人物―永倉は角を曲がり、に気が付くと声を張り上げながら早足で近付いてきた。彼の後ろには、原田や藤堂も見える。

さん!!やっぱりあんたか俺の酒を勝手に持ち出したのはああ!!」
「ええ!大阪池田の銘酒"呉春"、無くなっちゃったの!?うわあ、残ねーん」
「落ち着け新八。後、さんも大概にしてくれよ・・その子に酌させてる酒、呉春だろ」
「新八っつぁん諦めなって!調子に乗って高い酒なんて買うからそうなんだよ!」
「え、えっと・・私はどうすれば・・・?」

 喚く永倉に、白々しく驚いた真似をする。原田は、それを宥めつつ大きく溜息を吐いた。必死になる永倉が面白かったのか、と藤堂は顔を見合わせて吹き出し、耐え切れず腹を抱えて笑い出す。一頻り笑うと、やっと起き上がったは素早い動きで千鶴の手から「銘酒"呉春"」を奪うと、突然のことに動けなかった永倉へと見せ付けるように直接口を付けて一気に飲み始めた。思わず呆ける他を置いて、ある程度飲むと満足したのか、は呉春を千鶴の手に返すと「流石、美味しかったよー」と口の端を上げて笑う。優越感に浸った様子ののそれに、永倉はというと床に膝を着いて項垂れた。原田はもう一度溜息を吐き、藤堂は大声で笑った。おどおどして、困惑するのは千鶴だ。
 全て飲まれたと勘違いをしたのであろう彼に、その反応がもうそろそろ飽きてきたは「ちゃんと残してるから元気出しなって」と少々呆れを含んで言った。その言葉を聞いて安心したのか「本当か!?」ガバッと下を向いていた顔を上げる永倉。子供のようだ、とが思ったことは、彼を見た他も同じようにそう思っていたことだろう。千鶴に、御猪口を三つと茶菓子を持ってくるように言い、は折角だから一緒に飲もうと笑った。嬉しそうな笑みを浮かべると自分達から離れて言った千鶴のその小さな背中を見送る。すると、今まで楽しそうに談笑していた四人が黙り込み、その空気が真剣な緊迫した物へと変わった。そして、原田が沈黙を破り、口を開いた。

「・・・で、どうなんだい?あの子は」
「んー・・今の所は逃げようとする素振りも、況してや牙を剥こうってのも感じられないねえ。あーあ、こんな面倒な事は土方さんがやってくれればいいのにィ」
「ま、土方さんや山南さんにも考えがあるんだろうよ。にしても、左之や平助、俺等はいつも置いてけぼりだなあ」
「そりゃあれだよ、俺達って馬鹿だから!特に新八っつぁんとかね!」
「なあ!?どういう意味だ平助!今晩の夕餉ん時、覚えとけよ!!」

 段々と空気が和んできたところで、数人分の御猪口や茶菓子を載せた御盆を持った千鶴が廊下の向こうからやって来た。先程までの緊張した雰囲気は何処へやら。新八は、早速呉春やまた別の酒で原田と飲み比べを始め、藤堂とは近藤が買って来てくれたと言う老舗の和菓子屋の菓子に興味津々である。その様子に微笑んだ千鶴は、監視されている身だというのに自分の分まで茶菓子を出してくれた近藤や、見かけほど中身は大して柄の悪くないこの四人に、心が温かくなるのを感じていた。
 自分を、自身の小姓にしてくれたこの人とも仲良くなりたい。千鶴は、有難う、と自分に微笑んでくれたに対し、密かにそう思った。





日溜りで酔う
陽と酒に、体は火照る





(1004118)