分岐1: 「じゃあ、土方さんで」


「ふうん・・よりによって一番厄介なのがいいんだ?千鶴ちゃんって結構鬼畜だネ!」
「え、えっと・・」

 本当の事を言うと、突然で頭の中に浮かんだのがあの人しか居なかっただけなのだけれど。

「さ、そうと決まれば行っくよォ」
「え、ちょ・・!さん!?」

 戸惑う私を余所に、さんは私の手を掴むと引っ張って土方さんの部屋へと廊下を歩き出した。ずんずんと前を歩くさんは私の手を牽いてはくれるのだが、私がその速さに付いて行けず躓きそうになっても此方に目を向けることさえしてくれない。私は、そんなさんに胸の奥がちくりと痛んだ気がした。
 少ししてさんと一つの部屋の前で立ち止まった、のだが。思わず、さんと顔を見合わせる。部屋から燭台の灯りが障子を通して漏れていた。どうやら、部屋の持ち主は未だ起きていたらしい。どうするのだろうかとさんの方を窺うと、まるで子供みたいに拗ねている様。
 さんが障子を少し開け、そっと中を見た。そしてそのまま何も言わず室内へと入っていく。中から、戸惑う私を呼ぶさんの声が聞こえた。

「ふふふ・・鬼の副長の癖に、居眠りなんてサ。緊張感無さ過ぎ」
「えっと、さん・・・何を?」
「じゃーん。筆と墨汁、キミの分ね。気の済むまで落書きしちゃえ?」
「えええ!?そ、そんな!無理です!!」
「しっ。起きちゃうでしょ」

 にっこり。可愛らしく首を傾げながら言ったさんに、私の心臓はどきりと高鳴った。もしかしたら、顔が紅潮してしまっているかもしれない。この人の笑顔は、意地の悪い物騒なものだと分かっている筈のに不覚だ。
 ぼんやりとしている内に、気が付けばさんは既に土方さんの綺麗な寝顔に落書きを始めていた。土方さんは、筆を手に持ったまま机の上の描き掛けらしき紙の上に頬を下にして寝ていた。どうやら、徹夜中に耐え切れなくなって眠ってしまったらしい。土方さんの寝顔が、見る見るうちにさんの手によって大変なことになっていく。どうしよう、と私は先程渡された手に持つ筆に視線を落とした。
 さんが相変わらず楽しそうに描いている、その時。寝ていた土方さんが僅かに身じろぎ、目を少しずつ開いた。何と言うか、空気が凍っていくような気が。「何してんだ」、とそれは恐ろしい声が部屋に響く。

「あっれ、起きちゃったの?ん?あはは、顔に落書きされてる!」
「ああ?・・・てめえ」
「違う違う、ボクじゃなくて千鶴ちゃん!良い作品だね」
「へ、えええ!?ひ、土方さん、私じゃ・・・」
「取り敢えず、人の部屋に勝手に入ってんだからな・・説教だ、そこに正座しやがれ!」

 私、この部屋に入ったこと以外悪いことしていないような気がするのだが・・・ 結局、説教は欠伸が止まらなくなる程眠気が強くなるまで続いた。





(100507)