分岐2: 「折角なので、斉藤さんを」


「・・・・・なんか、微妙な反応が返ってきそうだけど?」
「で、でもほら!以外に楽しいかも、です」
「まあ、君が言うならイイよ。仕方ないなあ、付き合ってあげる」

 「付き合ってあげる」って・・・さん、完全に私と言う駄々っ子を相手にしているような言い方だ。なんだか私、今更だけど物凄いことに巻き込まれてるような気がする。どうしよう。でもこんなに嬉しそうな笑顔のさんに、やっぱり帰りましょうなんて言えるわけ無いし。
 ちなみに何故斉藤さんなのかと言うと、単に、突然のことで頭の中に浮かんだのがあの人しか居なかっただけのこと、なんだけど。さん、別の人が良かったのかな・・・

「あの、ごめんなさい・・?」
「んん?なんで謝るの?あはは、変な子!さ、行くよ」
「へ、変・・・・・って、ちょ・・!さん!?」

 戸惑う私を余所に、さんは私の手を掴むと引っ張って斉藤さんの部屋へと廊下を歩き出した。ずんずんと前を歩くさんは私の手を牽いてはくれるのだが、私がその速さに付いて行けず躓きそうになっても此方に目を向けることさえしてくれない。私は、そんなさんに胸の奥がちくりと痛んだ気がした。
 少ししてさんと一つの部屋の前で立ち止まった、のだが。思わず、さんと顔を見合わせる。部屋から燭台の灯りが障子を通して漏れていた。どうやら、部屋の持ち主は未だ起きていたらしい。どうするのだろうかとさんの方を窺うと、先程と何も変わっていない、にっこり笑顔。
 さんが障子を少し開け、そっと中を見た。そしてそのまま何も言わず室内へと入っていく。焦っていると、中から私を呼ぶさんの声が聞こえた。

「一くんはね、いつも用心のために灯りは消さないんだよ」
「そうなんですか・・・・本当だ、寝てる・・・」
「はい筆と墨汁、キミの分ね。この寝顔に、気の済むまで落書きしちゃえ?」
「えええ!?そ、そんな!無理です!!」
「しっ。起きちゃうでしょ」

 にっこり。可愛らしく首を傾げながら言ったさんに、私の心臓はどきりと高鳴った。もしかしたら、顔が紅潮してしまっているかもしれない。この人の笑顔は、意地の悪い物騒なものだと分かっている。筈だったのに。(私としたことが不覚だった・・・!)
 私がぼんやりとしている内に、ふと気が付けば、さんは既に斉藤さんの端整な寝顔に落書きを始めている。斉藤さんは、きちんと仰向けになり、布団を胸上まで掛けて寝ていた。枕元には、彼の愛刀と思われる本差しと脇差しが綺麗に並べて置いてある。斉藤さんの、几帳面さがうかがえた。

「っふふふ・・・この線、繋げたほうがいいかなあ?」
「へ?・・・・っわ!ま、さん、これは・・・!」

 ――正直、面白過ぎる・・・!
 斉藤さんが起きてしまわないよう必死に笑いを堪える。そうこうしている間にも、斉藤さんの寝顔はさんの手によって、益々大変なことになっていった。楽しそうだけど、気が引ける、し。どうしよう、と私は先程渡された手に持つ筆に視線を落とした。
 さんは相変わらず楽しそうに描いている、とその時。寝ていた斉藤さんが僅かに身じろぎ、目を少しずつ開いた。何と言うか、空気が凍っていくような気がする。「何をしている・・・のですか」と、それはそれは恐ろしい低い声が部屋に響いた。気のせいか、さんに対する彼の敬語も外れかけ。

「・・・・いい加減あんたでも怒るぞ」
「違う違う、ボクじゃなくて千鶴ちゃん!良い作品だよねえ?」
「へ、えええ!?さ、斉藤さん、私じゃ・・・」
「・・・お前じゃないのは分かる。さん、俺がつまらない反応をすると分かっていて何故毎度こんなことをするんだ」
「つまらない反応が、面白いから!」

 さんは、今日私が見てきた中で一番の極上の笑顔を浮かべた。っていうか、私が「斉藤さん」と提案した時は、「微妙な反応が返ってきそうだけど?」って笑顔ながら否定的だったのに。どういうことですか、と私はさんに問うてみようと彼のほうを見た。すると、口には出さずとも私が問いたいことが分かったのか、さんはまた悪戯っ子のように楽しそうな笑いを浮かべ。

「君の困った時の反応も、すっごく面白かったからね?」

 そう言った。
 えっと、つまり私は遊ばれていた、と。斉藤さんは、そんなさんに心底呆れたように深く溜息を吐くと「この人にまともな対応をしても遊ばれるだけだ」と私に言い聞かせるようにして言った。(斉藤さん、それ言うの遅いです)(せめて私がこの人の小姓になって直ぐに・・・!)
 斉藤さんが私にそんなことを言っているのに、さんはと言うと笑顔を浮かべたまま弁解をしようともしない。否定がないってことは、意識してるんだ・・・

さん、監視くらい真剣にしてくれ」
「それに関しては土方さんに非があると思いまーす。ボクに任せた時点であの人の失態」
「・・・・ふう・・・とりあえず、今日はもう帰ってくれませんか」
「あれ?その顔で寝るの?っぷ!平助くん呼ぼうかなあ?」
「・・・・・・顔を洗ってくる」

 監視。少し、心に重く圧し掛かった。そうか、監視、されてるんだった。しかし私の気持ちとは裏腹に、その単語に触れられることは無く、さんが返した言葉もあまりにも当然のような態度で。何だか、他人事にように思えた。
 その後、斉藤さんが出て行った隙に、さんは机の上にあった紙に適当な落書きをして、私達はそれぞれの部屋へと帰った。

「・・・・ごめんなさい、斉藤さん・・・」
「まあ、いつものことだから気にしてないと思うよ?だから気にすることはないって」

 ・・・なんで、当事者よりも私が反省してるんだろう。





(100517 ・・・なんで、土方さんよりも斉藤さんが書き易いんだろう)