分岐3: 「沖田さんはどうですか?」


「総司君・・か・・・・・イイの?」
「え、あ、はい」

 その長い間は何なんだろう。
 さんは意味有り気に小さく相槌を打つと、それから私に目を向けにっこり笑みを浮かべた。

「まあ、君が言うなら。仕方ないなあ、付き合ってアゲル!」

 「付き合ってあげる」って・・・さん、完全に私と言う駄々っ子を相手にしているような言い方だ。なんだか私、今更だけど物凄いことに巻き込まれてるような気がする。どうしよう。でもこんなに楽しそうな表情のさんに、やっぱり帰りましょうなんて言えるわけ無いし。
 ちなみに何故沖田さんなのかと言うと、単に突然のことで頭の中に浮かんだのがあの人しか居なかっただけ、なんだけど。さんの意味深な言葉が引っ掛かった。

「あの、沖田さんがどうかしたんですか・・?」
「んん?べっつにィ何も無いけどォ?変な子だねェ」
「へ、変・・・・・って、ちょ・・!さん!?」

 この意地の悪い笑顔、絶対何かある!
 と確信し頬を引きつらせる私を余所に、さんは私の手を掴むと引っ張って沖田さんの部屋へと廊下を歩き出した。ずんずんと前を歩くさんは私の手を牽いてはくれるのだが、私がその速さに付いて行けず躓きそうになっても此方に目を向けることさえしてくれない。私は、そんなさんに胸の奥がちくりと痛んだ気がした。
 少ししてさんと一つの部屋の前で立ち止まった。すると。思わず、さんと顔を見合わせる。部屋の灯りは消えており、部屋の持ち主が寝ているのだと私達に教えてくれた。つまり、絶好の好機。ちらりとさんのほうを窺うと、先程と変わらない無邪気な良い笑顔。いや、訂正。何か有り気な悪い笑顔。

「んじゃ千鶴ちゃん、先に部屋入って確認してヨ!」
「えええ!?な、なんで私が!!」
「総司君がいいって言ったの君じゃんか」
「そんな!無理です!!」
「しっ。起きちゃうでしょ」

 にっこり。可愛らしく首を傾げながら言ったさんに、私の心臓はどきりと高鳴った。もしかしたら、顔が紅潮してしまっているかもしれない。この人の笑顔は、意地の悪い物騒なものだと分かっているのに、私としたことが不覚・・・!
 私が戸惑っていると、気が付けばさんの手は私の背をぐいぐいと押していて。あれやこれやという内に、私は沖田さんの部屋に押し込まれてしまった。ま、まあ沖田さん起きてるわけじゃないし早くさんに言えば、

「あれ?何しに来たの千鶴ちゃん」
「・・へ?」

 沖田さん起きてたあああ!?
 咄嗟に「あ」とか「う」としか沖田さんに言葉を返せないまま、私は僅かな救いを求めて障子の向こうに目を向けた。すると丁度良く障子は開き、満面の笑みのさんが部屋に入ってきた。
 ほっと胸を撫で下ろした私を見、さんは何故か目を見開き驚いたような反応をした。「?」と頭上に疑問符を飛ばしていると、さんはごく普通に堂々と部屋に入ってきて。

「あっれれ?何してるの千鶴ちゃん」

 と不思議そうな顔をしながら言った。それに、私の思考回路は思わず一時停止する。まるでさんのその反応は、私は関係ありません何も知りません、と言ったようなもので。

(は、はめられた・・・!)

 うう、と鳴きたくなる衝動を抑えつつ、かなり演技の入ったさんを非難するような目で見つめた。すると、ずっと首を傾げながら私たちのやり取りを見ていた沖田さんが、何となく事を把握したのか苦笑を浮かべた。

「・・・・さん、遊ぶのは大概にしてあげてくださいね」
「君が普通に寝ててくれたら、さっさと悪戯して帰れたよ?」
「貴方、僕がこの時間寝てないこと知ってるでしょ」

 ―――え?

「あ、あの?さん、それってどういう・・・」
「総司君がいいって言ったの君。いいのって確認したし?」

 さんは、今日私が見てきた中で一番の極上の笑顔を浮かべた。っていうか、そういう意味だったんだ。そしてさんはまた悪戯っ子のように楽しそうな笑いを浮かべ、

「君の困った時の反応も、すっごく面白かったからね?」

 そう言った。
 えっと、つまり私は遊ばれていた、と。深く考えずとも誰にでも分かる簡単なことで。なんだか、私は頭が痛くなるような気がした。





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