「し、しまった・・・!」

 千鶴は、そう独り言を呟くと自身の隣部屋に繋がっている襖を開けた体勢のまま、額に手を当て項垂れた。その部屋の主、の布団は既に部屋の隅に片付けられている。寝巻きも、その布団の隣に綺麗に折り畳まれていた。
 千鶴が項垂れている理由は、それらにある。そう、これらをやらなければならないのはの小姓である彼女の役目だったのだ。朝早くに起きて、を起こし、着替えさせて布団を畳んでおく。昨日の夜、必死に頭に叩き込んだというのに――千鶴はうっかり寝坊してしまった。
 兎に角、ちゃんと謝らなければ。千鶴はそう思い立つとの部屋を後にして、とりあえず幹部の誰かが居そうな場所へ向かうことにした。

「あの・・・さんが何処にいらっしゃるか知りませんか?」
「お!聞いたぜ千鶴ちゃん、今朝寝坊したんだってな?」
「!?永倉さん、なんでその事を・・!もしかして、さん怒ってましたか・・・?」
「千鶴大丈夫だって!その逆でさ、さん、すっげえ面白がってたぜ?」
「へ、平助君・・・でもそれはそれで・・・・・困るかも」

 永倉や藤堂に一頻り笑われた後、千鶴はの居場所が勝手場であるという事を聞き出すと、礼を言って二人の居た広場を出た。そして思わず、はしたないと言われようが構わないという気になって思い切り廊下を走り出す。
 先程まではが怒っていやしないかと気が気でなかったが、今の千鶴は別の意味で胸が不安で一杯だった。「面白がっている」なら、平気で千鶴の恥ずかしい失態を沢山の隊士達に言いふらすだろう。さっきの二人に、ああやって言われただけでも恥ずかしくて気がおかしくなってしまいそうだったというのに、もしも新選組全員に知れ渡ってしまったら。

(し、死んじゃう!絶対死んじゃう!!)

 想像しただけでも、顔が火照ってきているようだった。千鶴は更に走る速度を上げると、やがて見えてきた勝手場の入り口の前で急停止した。そして肩で息をしながら、その戸を開き中に入ると目先の人が誰か確認をしないままに、勢い良く頭を下げた。

「っさん今朝はすみませんでした!謝りますのであまり他言はしないで下さい!!」
「・・・・・・・さんならあっちだぞ?」
「へ!?あ、す、すいません原田さん・・!」
「いや、いいけど・・・・っく、はは!千鶴、寝坊はこれっきりにしろよ?」

 笑いながら言った原田の言葉に、千鶴は、体中の熱が顔に集まっていくような気がした。恥ずかしい。その一言に限る。思わず俯き加減になりながらも、千鶴は原田が指差した釜戸の方に目を向けた。すると其処に居たは。

「・・・・っ・・」

 茶碗としゃもじをそれぞれ両手に持ちつつ、肩を震わせながら必死に笑いを堪えていた。ただでさえ既に赤味を帯びていた千鶴の頬が、益々紅潮していく。まだ一日は始まったばかりである筈だが、千鶴の体力はあまり持ちそうに無い。
 堪え切れず、声を上げて笑い出したにつられ、もう一度原田も吹き出した。





寝過ごしても怒らないから
大丈夫、一杯笑ってあげるよ





(100613)