一昨日、大阪の出張に出かけていた山南さんと土方さん達が帰って来た。玄関まで出迎えに行き、「おかえり!」とにっこり笑顔で言ってみると、山南さんもゆるりと微笑んで「只今帰りました」と言ってくれた。その時、瞬時に理解した。そうか、この傷は深いんだ。治らないんだ。山南さんの笑顔の奥に、身震いするほどの寒気を覚えた。苛立ちや憎悪、それと、悲しみ。無理に顔の筋肉を引っ張って笑うものだから山南さんの頬は引きつってしまっていて、余計に悲痛だった。
 そうか、剣豪としての山南さんは斬り殺されてしまったんだ。目を見れば分かった。此処に居る山南敬助は、剣を失って我も失いかけている人形のようだった。いや、それは少し言い過ぎたかも知れないけれど。
 ただ何となく感じていたのは、今の山南さんが少し前までの彼に戻ることは二度と出来そうに無い、ということだった。

「総長、帰って来てから妙に言葉に棘があるっつうか・・」

 ふと聞こえた隊士同士の話し声。
 今は、いつもの縁側で酒でも飲もうかと愛飲している酒を勝手場から持ち出して、屯所内の廊下を移動しているところだった。何となく聞こえた名前が山南さんのものだったようで、気になってしまい思わず聞き耳を立てる。隊士達は、この曲がり角を曲がった所で立ち話しているようだ。

「だよなあ。あの纏ってる雰囲気がおっかなくて近寄れねえ」
「そういえば、弟みてえに可愛がってた組長と一緒に居る所、帰って来てから全然見ねえよな」

 ――っ!
 思わず息が詰まった。それは自分の名前が出てきた所為でもあったし、その隊士が言ったことが本当だからでもあった。避けているのではない、避けられている。何となく、感じてはいた。でもそれは、総司君や一君、左之君達にも言えることで。つまり山南さんは、帰って来てから人を避けていた。
 おそらく、隊士達が居る場所で行動を共にする事の多かった自分が、彼らにとって分かり易かったのだろう。

「ああ、それ俺も思った」

 組長、総長に愛想尽かしたのかねえ。
 隊士がそう言葉を続けると、もう一人の隊士が声を立てて笑った。それに思わず、拳をきつく握り締める。そんなんじゃない、そんなわけない。自分は、山南さんを避けてはいない。

「かもな。まあ俺達は、総長が元に戻ることを願うばかりさ」
「早く腕が治ればいいな。今までも何回か黒い空気纏ってたことあったけどよ、数刻すりゃあ元通りだったじゃねえか。今回のは別もんだ」

 どうしたものか、と押し黙る二人。「早く腕が治ればいいのに」。それは、幹部の誰もが切に願っていることだった。
 と、その時。背後から、人の近付く足音が聞こえた。軽い気持ちで振り返り――そして目を見開いた。山南さんが、不思議そうに此方を見ている。「此処にいましたか」と微笑み、「一緒にどうですか」と左手に持ったお猪口を二つ持ち上げる。口を開けようとした時、隊士の声が嫌に響いた。

「でもあの傷じゃあ、剣客としては生きていけねえだろうよ」

 山南さんを見ていられなくなって俯いた。当の彼はと言うと、何も言わず、ただその場から動かなかった。
 表情は、互いに見えない。





らしくない、知ってるよ
でもこんなのって、酷過ぎる





(100715 山南さんは、可哀想な方だと思います)